第50話 メイクすると人間って磁石にでもなるんですか?
今日はどうやら、一緒に住んでいるかわいい従姉妹とデートができる日らしい。
紗夜からお出かけに誘われるなんて初めてのことで、今は朝の五時なのに目がパッチリだ。こんなに目がぱっちりの状態でメイクをしたらいつも以上に映えそうなくらいパッチリだ。
なんであの日、紗夜がキスをしてきたのかわからない。紗夜がわけも分からずキスをしてきて、さらにお出かけに誘われる。
こんないい事があっていいのだろうか。
何度考えても普通に「土日出かけませんか?」だけで済む会話だったと思う。
彼女と生活を始めてから過ごす時間は長いはずなのに、全く意図が読めなくて、余計彼女のことがわからなくなっていた。
なによりわからないのは自分の気持だろう。いや、わかっているけれど見てみぬふりをしているだけなのだと思う。
だって、私のこの感情は許されるものではないはずだ。だから、私は彼女のことをかわいい妹のように思うようになった。
かわいい妹が原因はわからないけれど、女性が苦手でそれを直したいらしい。
その手伝いをしているだけ。
そういう体で私は今も生活している。
「はぁ……」
最低だ。
そんなことを理由に彼女に好き放題していい理由にはならない。ただ、時々自分の感情をコントロールできない時があり、勢いに身を任せて行動するから変な約束をしてしまう。
そして律儀にも紗夜はその約束を守るのだ。
私も悪いが紗夜も悪い。
そんな私達はどんどんよくわからない関係に向かっていると思う。今更、この関係に疑問を抱いたり、悔やんだりしてもしかたないことは理解している。
私達はきっとこのままでいいのだと思う。
だってそれでうまく生活できているのだから、なにかあったらその時は二人で考えて行動すればいい。
そんな甘い考えで最近の私は過ごしている。
いつか大きく間違えて取り返しのつかないことになりそうだが、それもその時考えるしかないのだろう。
一人で布団の中にいると考え事が多くなるので、特に何もすることはないが、リビングに向かうことにした。驚くことにリビングのソファーには紗夜がいて、ボーっとテレビを眺めている。
「谷口さん、早いですね。おはようございます」
「なんでいるの?」
「私ってここにいたらだめでした?」
そういうことではない。
なんでこんな早く起きているのだろう。
私はさり気なく彼女の横に腰掛けた。紗夜が起きていたことが少し嬉しくて、顔の緩みを抑えながら彼女に話しかけた。
「なんで起きるの早いの?」
「なんか目が覚めました」
「そんなに私とのデート楽しみ?」
私はいたずらっぽくは聞いてみるものの、どこか紗夜も楽しみだったんじゃないかな、なんて期待していた。
「デートじゃないです。あと、昨日は昼寝をたくさんしたから目が覚めただけです」
私の期待はいつものようにすんなりと投げ捨てられ、床に転がった。見えるはずもない“期待”が下に転がった気がして床を見つめてしまう。
そんな自分の気分の浮き沈みはそのまま置いておこうと思い、隣を見ると朝からなかなかに美しいものが見れたと感心してしまう。
紗夜はメイクをしたりしないのだろうか。
私なんて高校生の頃からメイクをしていたから、もう紗夜はメイクをしてもおかしくない歳だと思う。
そして、彼女をもっと映やすであろうメイクをした姿を見てみたいと思った。ここまで素材がいいと怪物が出来上がりそうだ。
「紗夜ってメイクとかしないの?」
「やっぱり、私ってした方がいいんですか? 友達にも言われました」
目を細めて、少し悲しそうな顔をしていた。なにか、勘違いさせてしまっている気がする。
「もっとかわいくなるかなって思っただけだよ。まあ、メイクしない方がいいかも」
「なんでですか?」
「いろんな人が寄ってきそうだから」
「メイクすると人間って磁石にでもなるんですか?」
真剣な顔でそんなおもしろいことを答えるので、吹き出してしまった。
「あははっ! 紗夜の場合はそうかもね」
私が笑って答えると不服そうな顔をして何も話してくれなくなった。
どうやら彼女の機嫌を損ねてしまったようだ。
なかなか難しい年頃の女の子だ。
つんつんとほっぺを触ると手ははねのけられ、鋭い目で睨まれる。
「怒んないでよ」
「怒ってないです」
「紗夜は美人だからいろいろな人にモテるよって意味で言ったの」
「意味わからないです。私はモテたことないです」
きっと、高嶺の花過ぎるからか、いろいろな人の好意に気がついていないだけだよと思った。
しかし、それは私にとって好都合だ。
恋人ができたから家を出ていく、なんて言われれた日には私は立ち直れるだろうか。
元カノが出ていった日よりも落ち込んでしまうと思う。世の中の親の気持ちが少しだけ分かった気がする。
「今日、メイクしてみよっか。私の貸してあげる」
紗夜はいいと言っていないけれど、私は無理やり自分の部屋に紗夜を連れてきて、ベットに座らせた。
彼女の艶がかった前髪をヘアピンで押さえて彼女の素敵なおでこが“こんにちは”する。
おでこを出しても綺麗な人は美人だとよく言われるが、彼女は思ったとおり綺麗だった。私が紗夜を見つめる時間が長くなれば長くなるほど、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。
「谷口さん、やっぱり嫌です」
「今更遅いよ」
もう私は彼女の顔を創作したくなっている。
こんなに整った顔をもっと高みへと仕上げることができるなんて、これ以上ない高揚感に満ち溢れていた。芸能界のメイクさんの気持ちが少しだけわかった気がする。
大学生だから違和感なく、濃くなりすぎないように、丁寧に化粧を重ねる。
紗夜はブルベだからイエベの私とは違い、なかなか自分の持っているメイク道具で仕上げるのには苦戦した。
一時期ブルベに憧れて買っていたメイク道具を使い、彼女を仕上げていく。今日の紗夜は大人しくしてくれているので手際よく仕上がった。
目の前の女性に息を呑んでしまう。
自分のメイクの技術はきっと平凡だ。だから、ほとんど彼女のおかげなのだろうけれど、あまりの美しさに言葉がでなくなってしまう。
美しいとかそういう言葉では足りない、恐ろしさの感じるものだった。
なまめかしいその少女は人間ではなく妖怪かなにかなのかもしれない。
私は無意識に彼女の体に引き込まれていた。
私がなにをするのか分かった少女は信じられない勢いで私の顔を跳ね除ける。
「変なことしないでください」
「してないじゃん。なにされると思ったの。紗夜のえっち」
私は罪深い自分の行動を認めず、あくまで彼女が悪いように話を進めた。
人形のように整えられたその顔はいつもの表情になり、私を睨んでいる。
「やっぱり、今日お出かけするのやめようか」
誰にも見せたくない。
こんなの街を歩けばざっと十人くらいには声をかけられるだろう。
「約束破る人は嫌いです」
口に力を入れてむっとするその表情をみて、少し安堵した。目の前にいる少女は紗夜の身体に憑依した妖怪か何かではなく、ちゃんと紗夜だった。
「鏡貸してください」と言われ、私は現実に意識が引き戻される。
自分だけが見て満足してしまっていた。急いで自分の化粧鏡を貸すと紗夜は驚いて鏡を見ていた。そのことに少し胸を張ってしまう。
きっと、彼女のことをよく理解している私だからこそできたメイクだと思う。
「やっぱり、谷口さんってメイク得意ですよね……」
紗夜が微笑みながら私を見ている。
それだけで私の心臓はどうやら壊れてしまったようだ。
不規則に鳴り続ける音を無視するしかなかった。
今は紗夜が喜んでいるように見える。それは私にとって何よりも嬉しくて、誰にも見せたくないとかそういう感情はどうでも良くなっていた。
私は紗夜に使ったメイク道具一式を彼女に渡した。自分が今使っているのもあったけれど、そんなのはどうでもよかった。悪い貢ぎ癖が出ている。
「使わないからこれあげるよ」
「こんなにもらえません」
「じゃあ、出世払いで」
私はもうあげると決めたものはあげたいのだ。
返されても捨てるだけだ。
しかし、紗夜はいつもよりも素直に受け取ってくれて、メイク道具を見つめていた。そのことに嬉しい感情が込み上げる。
紗夜のその体に浸透し、彼女の美しさの一部になれるそのコスメたちが少し羨ましいと思ってしまった。
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