第30話 どういうふうにしているのか見たいから

「で、どうなのよ」

 

 目の前の悪女は嬉しそうだ。


「なにがよ」

「紗夜ちゃんとはどうなのって話」

 

 この女はなんて答えを期待しているのだろう。私はこの女の思い通りにはなりたくないと思った。


「どうもこうもないでしょ」

「残念。紗夜ちゃんかわいかったなぁ。私に必死で助けを求める感じが堪らなく私の母性をそそりました。そして、美人すぎてびっくりしたわ。絶対、和奏のタイプの顔でしょ」

「そうですね」

 

 実際、私のタイプであることに間違えはない。あの子が小学生の頃から絶対かわいくなると思っていた。ただ、あそこまでいくと私のタイプとか関係なく誰もが目を引かれると思う。彼女の妖艶な容姿は周りを虜にする。

 

 それよりも、よりによって紗夜が頼りにする相手が心春だったのがムカつくので彼女のほっぺを引っ張った。


 

「メイク取れるー」

 

 そこじゃないだろうと思いつつ、伸びた頬を離す。タイミングが良かっただけだけど、何度考えても紗夜が助けを求めたのが心春なのが何となく許せない。そんな時に動けなくなっていた自分にも腹が立つ。


「おねえさん、そんな嫉妬しないでくださいよ」

 

 悪女は私の脇腹に指をつんつんと当ててきた。

 

 嫉妬……? 嫉妬しているわけがない。

 

 ただ、私しか知らなくていい紗夜を知られるのが嫌なだけだ。


 

「それで、結局、紅葉は見に行けなかったわけね」

「そうだね。結構楽しみにしてたんだけど、どっちも風邪引いたから仕方ないよね」

「今年はちょうど気温差あまり無くて綺麗じゃなかったみたいだよ。来年は行けるといいね」


 来年――。


 きっと彼女はもう私の隣には居ないだろう。そんな気がした。まず、大学生なんて一人暮らしをしたいものだ。だから、彼女と生活できるのはせいぜい高校生までだと思っている。


「来年はもう見れないよ」


 今年を逃した時点で紗夜とはもう紅葉は見れない。それは私にとってすごく悔しいことだ。


 紗夜は線香花火を綺麗だと思ってくれた。何となくだけど、紅葉も綺麗だと喜んでくれるのではないかと期待していた。


 

「囲っちゃえば? 自分のだって」

 

 今日の心春どこまでも悪い人だと思う。

 

 そんなことできるわけがない。原因はわからないけれど、あそこまで女性を嫌いになる人が私を好きになるわけがない。

 

 そもそも、私と紗夜は従姉妹だ。

 

 あまり喜ばれるような付き合いではない。私の母はともかく紗夜の母は絶対に許してくれないだろ。


 ………………


 紗夜のことを好きでもないのに私は一体何を考えているのだ。

 全ては目の前の悪女のせいにしておこう。


 

「馬鹿言わないの」

「はーい。まあ何かあったら教えてよね」

「はいはい」


 私は午後もそつなく仕事をこなして家に向かった。



 家に到着したのはいいものの、最近、困ったことがある。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 紗夜はそう言うと私に近づいてきて、私のおでこを触ってきた。


「大丈夫そうですね」

 

 私のおでこを確認して彼女は安心した表情でリビングに戻っていく。

 

 私は何事も無かったかのように戻っていく紗夜の腕を掴む。なんでかわからないけどそのまま後ろから彼女を抱き寄せた。



「谷口さん? 今日の分ですか?」

「これは違う」


 これは完全に私の欲望だ。


 私が風邪を引いてから紗夜は毎日こうやって私を心配するようになった。その行動が愛おしくて体が勝手に動いてしまっていた。


「違うなら離れてください」

「紗夜の方から触ってきたじゃん」

「それは谷口さんが風邪の時に私に嘘ついたのが悪いです」

「今度からはちゃんと言う」

「嘘つき。どうせまた心春さんに連絡するんでしょ」

 

 その言葉に胸がぎゅうっと締め付けられる。

 

 心春に嫉妬してるの? と聞きたいけど、聞いてしまったらきっとむつけてしまって、口を聞いてもらえなくなるだろう。


 ただ、私にだって言えない理由があった。紗夜の看病をしてその風邪が移ったなんて情けないところ見せたくなかったから部屋から出ず、心春に助けを求めたのだ。

 

 紗夜が普通に学校に行くと思っていたのに、わざわざ休んで私の看病をしてくれるとは思わなかった。


 それが嬉しいと思う反面、紗夜に迷惑をかけていると思ったし、情けないところを見せて嫌だと思われたくなかった。


 しかし、私の考えも行動も間違えていたらしい。きっと、紗夜は私がしたみたいに看病したかったし、頼って欲しかったんだろう。

 

 そんな彼女の気持ちを無視してしまった。


 そのせいで私は彼女の信頼を失っている。だから、今は素直に自分の思っていることを伝えて、少しでも信頼を取り戻すべきだと思った。


 

「紗夜に頼ったら迷惑だし嫌われると思った。あと、歳上なのに情けないなって。でも、紗夜がいいならこれから紗夜のこと頼ってもいい?」


 そう伝えると紗夜が腕を払って、私の方に向き直して真っ直ぐと見つめてくる。


「頼りないかもしれないけど、一緒に暮らしてるのは私なのでもっと頼ってください」

 

 そのまま紗夜にぎゅっと抱き締められる。


 彼女のその行動に心臓が取れそうになった。よくない感情が湧き上がるが、それにグッと蓋をして「わかった」とだけ伝える。



 私が風邪を引いた時の紗夜はかなり焦っていた。意識が朦朧としていた中で彼女のことを見ていたが、心春の横であたふたと落ち着きのない様子だった彼女は昔の私に似ていて、その時のことを思い出していた。


 

 あの時はかわいい妹みたいに思っていて、紗夜が高熱を出して居なくなってしまうのではないかと不安だった。前の日に私が布団を全部奪って寝ていたから、それのせいで体が冷えて風邪を引いたのだと思う。

 

 自分のせいで紗夜がいなくなるかもしれないと思うと、いても立ってもいられなかった。母に「大丈夫だから静かにして!」と叱られて、かなり落ち込んだことが懐かしい。


 母が冷静に行動し、看病してくれたおかげで紗夜は次の日には元気になっていた。


 

 あの時、大人ってすごいなと痛感した。

 かっこいいなって。


 私もそれくらい頼れる大人になれていると思っていたがまだまだらしい。



 目の前に座っている少女を見るとつい笑みが漏れてしまった。


「私の顔になにか付いてます?」

「ううん、なんでもない」


 紗夜もまだまだ子供だが、私もまだまだ子供なのだろう。



 私たちはいつもどおり夕飯を終えて、お風呂に入って約束の時間になる。紗夜は大人しく待っていた。最近はぎゅっと彼女を抱きしめるばかりだ。最初の頃はそれすらも拒否されていたが、最近は拒否されなくて、だいぶ慣れてきたと思う。


 

 だから、ちょっと強度を上げるだけだ。

 

 隣の少女はきょとんとしている。その顔すらも綺麗で吸い込まれそうになる。なんて美しさだなんて思いつつ、彼女の頬に手を添えて顔を近づけると顔をグッと手で押された。


「何してるんですか」

「ぎゅーは慣れてきたからいいかなって」

「いやです」

「なんで?」

「谷口さんってキス好きですよね」


 

 そうかな? と思う。私は軽く触れるくらいのキスしか彼女にしたことはない。むしろ、激しい方に発展させるのは紗夜の方だと思う。


 紗夜のためだ。


 普通にキスできるようになったら、症状がだいぶ良くなるのではと勝手に思っている。そう思いたい自分がいる。ただ、紗夜がこうなった原因がわからない以上、このやり方があっているかは謎だ。



「紗夜がなんで女の人苦手になったか教えてくれない?」

「いやです」

 

 少し紗夜との距離が近くなったと思ったから話してくれるんじゃないかと期待したけれど、私の淡い期待はすぐに消し去られる。

 

「私とこういうことし始めてから症状良くなってたりするの?」

「前よりはだいぶ……」

「じゃあ、やっぱりもっとステップアップしないとね」

 

 私は悪い顔でそう答えると紗夜は諦めたのか、手から力が抜けていた。


「目つぶって?」

「いやです」

「なんで?」

「谷口さんがどういうふうにしているのか見たいから」

 


 はっ……??

 

 なんてことを言っているんだこの子は。訳の分からない発言に私は耳まで熱が集まるのを感じた。私がどういうふうにしたってかまわないだろう。

 

 紗夜が急にそんなことを言うから急に恥ずかしくなって、今日の分を躊躇ってしまう。


「谷口さん?」

 

 わざとなのか無意識なのかわからないけど紗夜は煽ってくる。目の前の少女の心境が全く分からない。


 私は心を落ち着かせて彼女の方に身を寄せる。紗夜はずっと私の顔を見たままで、その瞳には耽美な引力がある。このままでは吸い込まれて私が消えてしまいそうで私は怯んで彼女の頬にキスを落とした。


 それだけのことなのに心臓がポロリと取れそうになる。私は少しだけ彼女から離れて、誤って彼女の目を見てしまう。そのうつろな目付きは私の欲を刺激してくる。

 

 そのまま、彼女の唇に向かおうとすると、太ももが思いっきりつねられて、痛みに耐えられず彼女との距離が離れる。



「いたい」

「変態。約束は守ってください」


 そう言って紗夜は部屋に戻ってしまった。一日一回という約束を破った私はまた彼女の信頼を失ったらしい。

 

 しかし、紗夜はこの約束に関係なく私にキスをしてきたことが何度かある。私がするのはだめなんて卑怯だと思った。



「はぁ……」



 たしかに紗夜の言うとおり私は変態だ。高校生に対してなんてことをしているのだろう。一人になると急に自分していたことに罪悪感が生まれ始める。


 結局、紗夜と近くなっているのは物理的な距離だけで、彼女のことは何も分かっていない。どうしたら紗夜は自分のことを話してくれるだろう。


 最近はそんな悩みが尽きない。

 

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