第27話 朝から馬鹿になったんですか?
「紗夜、準備手伝って?」
「はい」
少女は大人しくコップと箸を並べている。
紗夜は箸を並べるとしばらくその並んだ箸を見つめていた。そういう行動は私の心の良くない部分を刺激する。
「あとは何すればいいですか?」
紗夜が横に来て、もっと仕事が欲しいという顔で話しかけてくる。
「じゃあ、ぎゅーして?」
「朝から馬鹿になったんですか?」
「そうかも」
私は笑って答えると紗夜はムッとした顔をして、テーブルに座ってしまった。せっかく手伝おうとした彼女の気持ちを無下にしてしまったのは申し訳なく思うけど、朝は忙しいのでなかなか任せられることが少ない。
しかし、何を思ったのか猫はまた立ち上がり、私の横に来た。少しだけ顔がきらきらしている気がする。
「お弁当に具材詰めるの私がやります」
なるほど、その手があったか。危ないことはないので紗夜に任せられる。毎日お弁当を食べているからどれくらい詰めればいいのかもきっと分かるだろう。
「私の分もお願いしていい?」
「はい」
少しだけ紗夜のお尻にしっぽが見えた気がした。
私はそのまま朝ごはんの準備を進めていると思ったよりも早く紗夜の仕事が終わって、お弁当を見てみると詰め方のバランスが良くて手際もいいのでこれからは紗夜にこの仕事を任せてもいいのかもしれないと思った。
「毎日、お弁当詰めるのお願いしていい?」
「いいんですか?」
「紗夜が詰めてくれたらお弁当がよりおいしくなるから頼みたいなぁ」
「なんですかそのおじさんみたいなセリフ」
たしかにおじさんみたいだ。ただ、自分で詰めるよりも、他の人がお弁当に詰めてくれたという事実の方がおいしく感じたりするんだよ? 自分でするよりも誰かに何かをしてもらう方が良くなったりするなんて、人間の気持ちって不思議だと思う。
私たちはいつもどおり食事を済ませて仕事と学校に出る。
「行ってきます」
「今日も頑張ろー」
その言葉に回答はないけど、前よりも紗夜とこういう何気ない会話が増えたと思う。
そのことは私を喜ばせてくれる。絶対に心を開かないと爪を立てていた捨て猫がやっと普通の猫になってくれた。
未だに変なことをすれば爪や牙を立てられるけど……。
私もそんなことをぼーっと考えいると仕事に遅れしまうので急いで職場に向かうことにした。
※※※
「なんか、やたら嬉しそうね」
「え、そう?」
私は紗夜が詰めてくれたお弁当のおかずを口に運ぶ。
「うん。ニヤニヤしてるよ」
私は急いでほっぺを触って確認する。たしかに少し頬の筋肉に力が入っているかもしれない。
「私ってやっぱり変態なのかな」
「急にどうしたの?」
自分では普通の人間だと感じていたが、紗夜に変態と言われ過ぎて最近そうなんじゃないかと思い始めた。
「そういえば、最近、猫ちゃんの調子はどうなの?」
「猫? あー、紗夜のこと? 結局、私が預かることになって今も家にいるよ」
「ほう。それで最近、和奏が明るい理由はその子?」
今度は心春がニヤニヤして話している。心春から見て最近の私は明るいらしい。あんなに色々大変な思いをしているのに? まあたしかに、一人よりは楽しいのかもしれない。
「仲良くなれるように頑張ってる」
「大変そうだね」
心春は心配した言葉を並べているくせに顔はやたら嬉しそうだ。彼女の想像の何倍の大変な思いをしてきた。
「ほんと、大変だよ。噛みつかれるし爪立てられる。でも、今日お弁当の具材詰めてくれた」
「なにそれ、ほんとに猫みたいな子だね」
私と心春は目を合わせて思わず笑ってしまった。心春が親友で良かったとつくづく思う。こんなことが話せるのは心春くらいだろう。
「そういえば、元カノとはもう連絡取ってないんだよね?」
「え、うん――?」
「いやー、和奏ほどいい人ってなかなかいないと思うのよ。復縁したいとか言ってきそうだなと思って」
「それは無いでしょ。私のこと高く評価しすぎだよ」
私は特段いい所はないと思っている。強いて言えば、人がされて嬉しいことが少しわかるくらいだろうか。
そう思っていたけれど、紗夜と関わるようになって、私の行動はことごとく玉砕しているので、それも長所と呼べるようなものではないのかもしれない。
「だって、美人だし、身長高くてモデル並みにスタイルいいし、性格いいし、金もある。優良物件じゃん」
「なにそれっ」
私はまた笑ってしまう。そんなふうに高く評価してくれるのは心春くらいだ。
「復縁してって言われたらするの?」
「しないよ」
「あら、珍しい。昔の和奏なら「絶対復縁する!」って言い出しそうだけど、やっぱり紗夜ちゃんの影響?」
ニヤニヤの止まらない心春はもうただの変態おばさんだ。そんなこと言ったら
彼女の言うとおり、昔の私だったら未練タラタラで全然切り替えられないタイプなので、復縁してたかもしれない。
しかし、今は紗夜との約束がある。その約束をちゃんと守るまで恋人は作らないと決めている。
それと…………。
「そんな、和奏ちゃんにおすすめスポットです。大月公園の紅葉がめっちゃ綺麗だから二人で見に行ったら?」
私が考えているのを遮って、心春は去年の紅葉の写真をスマホで見せながら話しかけてくれた。彼女に見せられる写真は確かにどれも綺麗だ。
「綺麗だね。でも、今の若い子とかこういうのあんまり興味無いんじゃない?」
「じゃあ、連れてって綺麗さ分からせればいいじゃん。感想教えてね」
私よりも心春の方がノリノリだ。
まあ、聞いてみる価値はあるかと今日の夜、紗夜に話してみようと思った。
※※※
「紅葉とか興味ある?」
「紅葉……?」
案の定、ぽかーんという顔をしている。
「近くの公園で綺麗な場所あるんだって。どう?」
「私が行く意味ありますか?」
「ある」
「なんでですか?」
「私が紗夜と行きたい」
「ばかなんですか……」
「じゃあ、決まりね」
紗夜はすごい難しそうな顔をしていた。私は彼女が嫌だと言ったら行くつもりはなかったが、心春の「綺麗さ分からせればいいじゃん」の言葉に火を付けられ、紗夜の意見を無視して連れて行くことにした。
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