第25話 何年先でもいいから

 あれから何事もなく約束の土曜日を向かえている。紗夜は部屋から出ることもなく待機しているので、一緒に家具を見に行くという約束は守ってくれそうだ。


 紗夜が中にいる扉の前に立って軽くドアをノックする。

 

「そろそろ行くけどいい?」

「……はい」

 

 ぱたぱたと音を立てて部屋から美少女が出て来た。今日も相変わらず顔が整っていて羨ましい。


 そして、彼女の私服は私のツボにはまっていて思わず魅入ってしまう。白のシンプルなワンピースで彼女の端正な顔立ちをより際立たせている。結局顔かと言われそうだが、シンプルが一番かわいいのだ。

 いつもは真っ直ぐ下ろしている髪を耳にかけていて色気が全開になっていた。


 

「紗夜って学校でモテるでしょ」

「モテません」

「それたぶん、友達のせいだと思うよ」

「楓は関係なくないですか?」

 

 また、噛みつかれる勢いで紗夜に睨まれてしまった。だって、こんなに美人なのに言い寄ってくる人が居ないなんて信じられない。私にしたみたいに楓ちゃんが周りに牽制しているのだと勝手に思っている。


 鈍感なのか彼女はそのことに気が付いていないし、これ以上友達のことを話しても不機嫌にするだけだと思うので私たちは家を出ることにした。





 家具屋に行くと色々なものがあるが最低限必要な物はベッド、本棚、勉強机くらいだと思っている。部屋の中に収納スペースとクローゼットはあるので他になにか欲しいのがあるか聞いてみたが要らないと言っていた。


「ベッドどれがいい?」

「これですかね」

「本棚どれがいい?」

「これです」

「勉強机は?」

「これでお願いします」


 うん……。

 見事に一番性能が悪く値段を見て選んでいる。


「前も言ったけど、紗夜の両親から部屋のもの買うお金も貰ってるの。だから、気を使わなくていいんだよ」

「お母さんたちのお金なら尚更使えないです。しかも、そんな何年も谷口さんの家にいるわけじゃないし……」


 そういう問題ではない。

 いつか私の母が家に来て紗夜の部屋を見た時なんて生活をさせているのだと怒られそうなレベルだ。


 そして、私たちの生活がそう長くないと感じている紗夜に大して少し悲しい気持ちが込み上げる。先を見据えて、家具を揃えないなんて馬鹿だ。いや、この先そんなに長くないのにあの家に家具を揃える方が馬鹿なのかもしれない。

 

「はぁ……。じゃあ、私のお金で買うからその辺り気にしないで買って」

「それの方がもっとだめじゃないですか……」

 

 一応、私にも気を使ってくれるらしいので、彼女が遠慮なく家具を選べる方法を私は考えた。


「紗夜が働いてから返して。それが嫌って言うのなら勝手に選んで買うから」

「だって働くのまだまだ先ですよ」

「何年先でもいいから。高校生なんだからもっと甘えなさい」

 

 ほんと、こんなに気を使われては逆に疲れてしまう。彼女は変なところで気を使って、こちらが求めるところでは配慮が足りない。そのバランスがうまく取れれば私もこんなに悩むことは無いと思う。


「そうやって子供扱いしないでください」

「はいはい。子供じゃないなら早く選んで」

 

 そういうと、紗夜は大人しく違うのを選んでいた。本当はそっちが良かったんだとわかると慎ましい彼女が少しだけ可愛く見えてしまう。

 

 私に対する態度も常に慎ましければ完璧なのだが……。


 結局、私の貯金から全て買うことにした。ちゃんと働いたら返すと約束付きなら彼女は気兼ねなく選ぶことが出来るだろうと思ったからだ。別にお金なんて返さなくてもいいと思うが、そういう約束じゃないと紗夜は自由になれないのだろう。


 

「来週の土日に家具届くから来週は家の片付け手伝ってくれる?」

「はい」


 そんなこんなでその日はなんとか買い物を終え、私たちは家に帰った。


 




 ***


 




「紗夜、こっちおいで」


 私は紗夜をソファーの方に呼び出す。

 

 今日も約束の時間になった。


 私が彼女の耳を噛んでから紗夜は暴力的なことをして来なくなった。それが寂しいと思う自分もいる。痛いのが嬉しいわけじゃなくて、そういうことをされたら同じことを紗夜にしても理由がつくからだ。


 私は太ももの上をぽんぽんと叩きここに乗ってこいと合図する。


「それはいやです」

「なんで? 前してくれたじゃん」

「距離が近いから……」

 

 紗夜は困った顔でブツブツと何かを言っている。


「なら、尚更慣れないとでしょ?」

 

 この行為に意味があるのかは未だに疑問だ。これのおかげで紗夜の症状が治っているかと言われたら自信を持って首を縦には振れないだろう。

 

 私が強引に紗夜の手を引くと諦めたのか膝の上に乗ってくる。軽すぎて全然乗られている気がしない。もっと近くに、と紗夜の腰に手を回して自分の方に寄せると肩を押してきた。

 

「やっぱりこれ嫌です」

「なんで?」

 

 こんなの恥ずかしいに決まっている。私は分かっていてわざとやっている。紗夜は頬を少し赤くして、恥ずかしいという顔をしていてた。

 

 私の理性が脆いのか、目の前の少女がいけないオーラを出しているのか、この距離がいけないのかわからない。

 

 私の良くない欲が湧き上がる。



 紗夜は楓ちゃんとキスはしないと言った。

 私とは――?


 きっと、紗夜の症状を治すためという理由ならしてくれるのだろう。


 紗夜の首の辺りに手を回して私の方に引き寄せる。私も動いて彼女の顔の柔らかい部分に自分の唇を重ねる。


 “私だけ”と感じる何かが欲しかった。

 

 しかし、そんな私の期待は裏切られたらしい。唇にぎりぎりと痛みが走る。私がルール違反をしたから今まで大人しかった猫は怒り始める。

 


「嘘つき――。一日一回って言ったのに約束破らないでください」

 

 紗夜の顔はさっきより赤くなっていた。

 言葉と表情が合っていない。


 紗夜が悪い。


 前みたいに嫌だと突き飛ばせばいいのに。

 気持ち悪いと罵ればいいのに。


 紗夜があんなに心を許している楓ちゃんより私の方が優っているんじゃないかと稚拙な考えが浮かんでしまう。その喜びを隠して私はあくまで冷静に振る舞う。

 

「こういうことした方が早く慣れるかなって思った」

 

 私は自分のくだらない劣等感から生まれた行動を正当化する。正当化しなければいけないのだ。そうでなければ、本当に約束を破ったことになってしまう。約束を破ったと思われれば、せっかく少しづつ積上げて来た信頼を失うことになる。


 彼女からの信頼を失わないために、私は常に冷静に判断して紗夜と長く一緒にいれる方法を考えている。


 こんなことばかりに頭を使うなんて、私は馬鹿になった。嘘つきにもなった。


 ただ、嘘つきでも馬鹿でもいいからもう少しこの時間が続いて欲しいと紗夜を抱きしめる。


「長いです」

「もう少しだけ」

「意味わかんないです」

「三十一日のこと覚えてる?」

「…………」

「紗夜?」

「……覚えてます」

「家で待ってるから」


 紗夜が覚えていてくれたことが嬉しくて彼女にとびきりの笑顔で待っていると言ってしまった。

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