第23話 あの子とはキスするの?
いつも通り学校で大人しく過ごし、いつも通り楓と会話する。ただ、いつもと違うのはお昼の時間が少しだけ待ち遠しいということだった。
「紗夜、昼休みになった途端に嬉しそうだね」
「そう?」
「うん。ちょっとニヤけてる」
楓にそう言われて自分の頬を触った。たしかに少しだけ口角が上がっていたのかもしれない。
お弁当を開けると普通のお弁当だ。ただ、中に入っている野菜は私が切ったものも入っている。どんなに時間がかかっても、下手でも谷口さんは優しく教えてくれた。
あんなに不格好で歪だった食材がどうしたらこんなにおいしくなるのか不思議で仕方ない。
谷口さんは魔法使いみたいだ。
彼女が作った料理は魔法がかかったみたいにいつもキラキラしているし、料理以外も魔法を使っているのかと思わされるほどなんでも出来る。
彼女からは完璧で一人でも生きていけるみたいな雰囲気が出ている。しかし、時々見せる弱々しいところは谷口さんの素の性格なのではないかとも思っている。
「はぁ…………」
こんな時まで谷口さんのことを考えているなんて私は馬鹿になってしまった。
きっと、これからも一緒に住めると思って浮かれてしまっているのだろう。別に一緒に住めることが嬉しいわけではなく、気を使わなくてもいいあの家に帰れるのが楽なだけだ。
「そんな大きなため息ついてどうしたの?」
正面に座っている楓は心配と不思議が混ざった顔をしていた。
「ううん、大丈夫」
「最近の紗夜、なんか変だよね」
たしかに変かもしれない。前よりも感情の起伏が激しくて疲れる。
谷口さんのせいだ。
最近の私は何かあれば谷口さんのせいにしている。そんな自分に嫌気が差してしまう。あの家に帰れることは嬉しいけれど、谷口さんと一緒に居るのは考えさせられることが多くて嫌になる時もある。
グルグルとそんなことを考える私に新たな悩みの言葉が投げかけられる。
「今日、二人で夜ご飯食べない?」
楓のその言葉を聞いて、少し戸惑ってしまう自分がいた。別に楓とのご飯が嫌なわけではないが土日は谷口さんと出かけて外食とデリバリーだった。
谷口さんの料理が食べたい――。
ここ二日くらい食べれないだけで私は何を思っているのだろう。しかも、谷口さんの作ってくれたお弁当は食べている。
………………
どうやら、今日は谷口さんが待つ家に帰って、彼女の出す温かい料理が食べたいらしい。
最近の私は本当にどうかしている。
こんなおかしな私を直すために友達の楓といつも通り過ごして、いつもの私に戻ればいいと思った。
スマホを開いて連絡先を探し、少し戸惑う指を動かす。
『今日、帰り遅くなるので夕飯いりません』
『どこかで食べるの?』
『友達と夕飯食べてきます』
『わかった』
思ったよりも返信が早くて焦ってしまうが、それを悟られないように楓との会話を続けた。
「久しぶりに夜ご飯いいね。行こう」
「やったー! 駅前のファミレスで新しいスイーツ出してるらしくてそれがおいしいって有名なんだよ。食後のデザートで食べよう!」
「そんなに食べたら太らない?」
「チートデイだよ!」
隣の少女はとても嬉しそうだ。私はなんとも言えない感情のまま駅に向かった。
***
私たちは夕食を済ませて、デザートを頬張っている。
「あのさ……」
楓が珍しく暗い雰囲気で口を開くので驚いて見ていると、ハッとした表情をした後にいつもの笑顔に戻って話を始めた。
「いつも持ってくるお弁当のこと詳しく聞いてもいい?」
楓が暗い雰囲気だったのがわかった。きっと、気を使ってくれていたのだろう。
それを聞いたら私が嫌なんじゃないかとか、気まずい雰囲気なったらどうしようとか、楓はそうやって周りをしっかり見て相手の気持ちを考えて行動するタイプの人間だ。
私と楓の仲だからそんなこと気にしなくていいのにと思う。ただ、楓はうちの家庭のことを全て話しているから聞きづらいのだろう。
楓になら今の状況を伝えても問題ないと思った。
「最近、色々あって従姉妹の家に住んでる。前はお母さんのお姉ちゃんの家に住まわせてもらってたんだけどね」
「そ、そうなんだ。じゃあ、お弁当は従姉妹の人が作ってくれてるの?」
「うん……」
「一緒に住んでるのって男の人?」
「ううん。女の人」
「え!? 症状とか大丈夫なの?」
「うん、まあ……」
谷口さんに対して未だに少し怖いとかそういう感情が芽生えてしまうけど、だいぶ慣れたと思う。慣れたというか無理やり慣らされたというか……。
「だからかぁ……」
「なにが?」
「この前クラスの子に話しかけられた時そこまで怯えてなかったから。まだ少しビクビクしてるけど」
たしかに、会話くらいならできるようになったのかもしれない。会話なんてできて当たり前なのかもしれないけれど……。
「これからのために少しづつ治したいなと思ってる。こんなんじゃ社会人なれないかなって」
そういうと楓は不自然な笑顔を作っていた。
今日の彼女の心情がよく分からない。
デザートを食べ終わると私たちはファミレスを出て二人で帰り道を歩いていた。
急に楓が私の腕に手を回してしがみついてくる。楓には全然そういうことをされても嫌な気持ちにならないので、いつも何も言わないでいる。
「女の人にこういうことされるのも大丈夫なの?」
「そういうのは無理かな」
「そっか。紗夜は紗夜のままでいいんだよ?」
「うん。ありがとう?」
とりあえずお礼は言ったがよくよく考えるとそれはどういう意味なのだろうと考えてしまう。
私は今のままでいい?
そんなわけが無い。こんな生きづらい体質は治したい。楓とのいつもの別れ道まで着いたのに腕を離してくれなかった。
「楓、家こっちじゃない?」
「今日は紗夜と長くいたいから送るよ」
「あ、ありがとう?」
今日の楓はやはり変だ。
「…………治らなければいいのに」
「えっ?」
今、楓はなんて言ったのだろう。声が小さくてよく聞き取れなかった。
「ううん! 家まで送るよ」
「うん」
家の近くを歩いているとばったり谷口さんと会った。
「紗夜? 恋人?」
「友達です」
なぜ友達なんかを飛躍して恋人なのかと聞いてくる思考になるのかわからない。楓は私の腕にしがみついたまま、満面の笑みで挨拶をしていた。
「紗夜と仲良くしてる楓っていいます。よろしくお願いします!」
楓の挨拶も終わったので私は家に帰ろうとするが、楓は腕を離してくれなかった。
「楓、家に戻るから離して」
「うん。また明日ね?」
「うん。また明日」
私は様子のおかしい楓と別れて、家に入った。
谷口さんは先程から暗い雰囲気が出ていて何も話してくれない。
「谷口さん、今仕事終わったんですか?」
「ううん、仕事終わってから実家寄って、紗夜のこと預かる話してきた」
「そうですか……」
いつも通り話しかければ話しかけてくれるけど、やはり何かがいつもと違う。谷口さんはソファーに座ってテレビを見ている。私はなんでか分からないけど谷口さんの隣に座っていた。
「――谷口さん何かありましたか?」
「なんで?」
「いつもと少し違う気がしたので……」
そういうと谷口さんは嬉しいとも辛いとも言えない顔をしていた。やっぱり何か変だ。今日はみんな変な日なのだろうか。
そんなことを考えていると、急に谷口さんが私の腕にしがみついてきた。私は急な出来事に動悸が酷くなりその手を振り払った。
その行動に彼女はえらく悲しい顔をしていた。そんなの今まで何回だってしたのに、やっぱり、今日は何か変だ。
「紗夜って女性のこと苦手なんだよね?」
「はい」
「さっきの子は大丈夫なの? 友達って言ってたけど本当は付き合ってるとか?」
「楓は友達です。楓も最初は近くにいるの怖かったですけど、私が一番辛い時にそばにいたくれたから今は大丈夫になりました」
「ふーん」
谷口さんが聞いてきたくせにどうでもいいという感じの反応だ。と思っていたら思わぬ質問が飛んでくる。
「あの子とはキスするの?」
なんてことを聞いてくるんだ。そんなわけないと顔を上げると谷口さんの顔が目の前にあった。そのことに心臓がとくとくと鳴って、言葉に詰まってしまう。
少し動けば唇と唇が触れてしまいそうな距離まで近づいてくるので谷口さんの肩をぐっと押して話を続けた。
「楓は友達。そんなことするわけないです」
「そっか」
谷口さんは何を考えているのか分からないけれど、少し笑顔のままお風呂場に向かってしまう。
何がなんだかわけも分からないまま私は部屋に残された。
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