第22話 谷口さんって変わってますね
「おはよう」
語りかけても返ってくることはないのに毎日声をかけてしまう。言葉は話してくれないけれど、いつも笑顔を返してくれるので愛想のいい子たちだと思う。
それでも、たまには一言くらい私と話をしてくれてもいいと思う。
ゆらゆらと揺れる花たちは「今日も頑張れ」って言っている気がした。
毎朝、こんなに癒してくれる子達が居て、それだけで幸せだ。それなのに、これからはかわいい美少女がこの家に居てくれるらしい。そのことに心躍る自分がいることは表に出さないようにしよう。
おはようと言っておはようと返してくれないけど愛想のいい花たちと、おはようと言えばおはようと返ってくるけれど愛想のない紗夜ならどちらの方が
そんなくだらない考えに夢中になっていて、私に対する視線に気が付かなかった。最初は何にも興味を示さなかったはずの猫はベランダの掃き出し窓からひょこっと顔を出してこちらを見ている。
「おはよう。朝からそんな熱い視線送られると照れちゃうんだけど」
「朝から気持ち悪いこと言わないでください」
「どうしたの? お腹減った?」
「……」
どうやらお腹が減ったようではないようだ。紗夜はベランダに並ぶ花に視線を送っている。前もこんなことがあった。もしかしたら、花が好きだったりするのだろうか?
「花に興味あるの?」
「綺麗だなって思います」
「水やってみる?」
彼女は小さくコクリと頷き玄関に自分の靴を取りに行った。今度、紗夜のベランダ用のサンダルを買った方がいいかもしれない。
植木鉢がまあまあの数置いているので、そこまで広くないベランダに紗夜が入って来るのでより狭くなる。
かなり距離が近いはずなのに、このくらいではあまり嫌がられなくなったというのは大きな成長なのだろう。
何より、紗夜と普通に言葉のキャッチボールをできるようになった。これに愛想が加われば完璧だと思う。そうは思うものの、素でいて欲しいとも思うので今の状態が一番いいのかもしれない。
「じゃあ、これにお願い」
私はアサガオに見た目の似た花を指さし、彼女にジョウロを渡した。
「これは、なんて言うんですか?」
「ペチュニア」
花言葉は『心の安らぎ』だ。まさに今の自分の気持ちを表現するのに一番適した花だと思う。
本当は紗夜にペラペラ話したいけれど、この間、花言葉の話をしたら途中までは聞いてくれたが、最後の方は興味が無いという反応をされたので黙っておくことにした。
「前みたいに話してくれないんですね……」
はっとして彼女をみると明らかにムスッとして不機嫌そうな顔をしている。もしかして、前の時も聞いていないようでしっかり聞いていたのだろうか?
「花のこと気になるの? それとも私に合わせてる?」
昨日から紗夜は私に気を使って行動しているように見える。無理して合わせなくても大丈夫だと伝えたくて言った言葉は逆効果だったらしい。
「谷口さんに合わせる意味が無いです。小さい頃に叔母さんのガーデニング手伝ったので気になるだけです」
むっとして花を見るその横顔すらも綺麗だった。私は急ぐ必要も無いのに、紗夜の興味が無くなる前に、と彼女をベランダに残してバタバタと自分の部屋の本棚を漁った。
ベランダガーデニング用の本と花言葉の並んだ本を手に急いでベランダへと戻った。もしかしたら、花言葉の本は余計だったかもしれない――。
「これあげる」
「申し訳ないです」
「どうせもう読んでないからいいよ」
私は彼女の胸の辺りにグッと本を押し渡した。彼女が花が好きなのかもガーデニングに本当に興味があるのかも分からない。
私が一から話して教えてもいいのだが、彼女はそんな子供ではない。本当に興味があるのなら自分で調べて自分から始めるだろうと思って本を渡す程度に留めた。
紗夜と話している時間が長すぎて朝の準備がいつもより押してしまったので、せかせかと朝食の準備をしていると、いつもは手伝いに来るはずの紗夜が来ない。
ふと気になってベランダを見てみると、椅子にも座らず立ちながら先程あげた本を読んでいた。
どうやら興味はあるらしい。
自分の好きな物を他の人にも興味を持ってもらえたりすることは嬉しいことだ。
感心している場合でもないので、昨夜、二人で作った具材を急いで詰め込む。結局、紗夜には皮むきと簡単に切れる野菜しかお願いできなかったけど、これは紗夜と初めて共同作業したおかずだと思うと食べるのを少し勿体なく感じてしまう。
「ごめんなさい、準備します」
紗夜は朝の準備を思い出したのか珍しく少し焦った顔で準備を始めてくれた。
この生活がこれからしばらくの間は当たり前になるのだろう。そのことが未だに少し信じられない。
どんな彼女をこれから知っていけるのだろう。
私と関わらない期間にどんな経験をして、どんな生活をして今の紗夜が出来上がったか分からないけれど、少しずつでも彼女のことを知っていければいいと思う。そして、知るための努力は惜しまないだろう。
朝食を食べている紗夜を見ると背後にベランダの花たちが見えて、ユラユラと風に揺れていた。可愛い花たちのおかげで紗夜のことがまた一つ知れたので心の中で手を振っておいた。
「なんでそんなニヤニヤしてるんですか?」
「かわいい
「谷口さんって変わってますね」
「そうだね」
たしかに、傍から見たら変人なのかもしれないけれど、紗夜の目は変な人を見る目ではなく少しだけ穏やかな目だった。
私も変わっているけれど、そんな変な人間をそんな優しい目で見る紗夜も変だと思う。
紗夜はその日から毎朝早く起きて水やりを手伝ってくれるようになった。
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