第12話 この世界に私はひとりぼっち
私は一人ソファーに残された。
紗夜がこの家に来てから私の心は揺さぶられ続け、ついに私の振り子は振り切ってしまった。
この状況に私の頭は追いついていない。
再開した時は気持ち悪いと言われ、事情を聞いてみれば女性が苦手だと彼女は言った。
だから、少しの時間とはいえ一緒に生活する上で彼女の嫌になりそうなことを極力避けて生活してきた。
紗夜がそうなった理由を聞いても教えてくれないし、諦めてこの生活が終わることを待つしかなかった。
だからこそ、なんで彼女があんなことをしてきたのか理解ができない。私は結局こんなことをぐるぐると考えていたせいで、寝れずに深夜の三時になっていた。
少し運動をして、疲れればきっと眠くなるだろう。
そう思って外に出た。
夏の深夜は虫も鳴いていなくて、辺りはより一層静寂を保っている。この静けさのせいで、そう遠くないコンビニに向かうのにも距離を感じてしまった。
コンビニに入ると暗い顔をした定員が一人でレジに棒立ちになっている。
私は誰もいないので気兼ねなくゆっくりと店内を回っていると、本棚の横にある花火コーナーに気がついた。
小さい頃、家族でよくこのセットを買って海で花火をしたものだ。
紗夜と花火をしたいと思った。
理由は簡単だ。
この少ししかない時間で彼女のことを少しでも変えてあげたいと思ったからだ。彼女を変えるだけの力はないくせにそんな大見得を切っている私はどうしようもない馬鹿なのだろう。
ただ、紗夜に昔のように笑って欲しいために私は頑張れるらしい。
常に背伸びをしようとしている彼女が花火なんて子供じみたものが好きというわけがないと思う。
だからこそ、花火がいいと思った。
紗夜はもう忘れてしまったかもしれないけれど、紗夜が小さい頃に一度だけ私の家族とみんなで花火をしたことがある。
***
『和奏ちゃん見てみて!』
背丈の小さい少女は目を輝かせながら花火を見ている。その姿を綺麗だと思ってしまった。
『綺麗だね。紗夜みたい』
『和奏ー、おじさんみたいなこと言わないの』
お母さんにそう言われてみんなで笑っていた。紗夜も意味はわかっていなかったのだろうけど、嬉しそうに笑っていた。
『和奏ちゃん、また花火しよう!』
『来年もしようね』
『うん! 楽しみ』
そう言ったきり彼女と花火をすることはなかった。私が大学生になり他県に行ったため家に帰る機会が減り、紗夜と会えなくなったからだ。
***
別に今更その時の約束を果たそうとかそういうわけではない。
ただ、あの時は確実に花火に目を輝かせ笑顔だった彼女が、もしかしたらまた笑顔になってくれるんじゃないかなんて期待をして昨日はあの提案をした。
あと少ししか関わりのない彼女になぜここまで必死なのかわからない。
そうだ、ただあの美人の笑顔が見たいだけだ。
私はそういう人間だった。
知らない間に花火セットがレジを通る。
大の大人がこんな深夜に一人で花火セットを買いに来てるなんて滑稽な話があるだろうか。
面白い光景なはずなのにコンビニの定員は面白くない表情でお会計を済ませてくれた。
コンビニを出ると相変わらず静かだ。
もちろん人はいない。
そんなわけないのに、私一人を残してみんな居なくなってしまったのではないかと思う。
私は孤独になるとびっくりするくらい胸が苦しくなる。そんな寂しがり屋で弱い自分が嫌いだったりもする。
最近は紗夜がずっと家に居てくれたからこういう感覚には襲われなかったけれど、今は私は一人ぼっちなんじゃないのかと焦って歩くスピードが上がった。
誰かのいる場所へ……。
そんな思いが私を駆り立てる。
家に戻ってくると家の中はもちろん真っ暗だ。
紗夜は寝ているだろう。
私は自分の部屋に戻らず、リビングの電気も付けないまま、ソファーに腰かけて何もついていないテレビを真っ直ぐに見つめていた。
この家には紗夜がいるはずだ。
そのはずなのに何故か焦燥感に駆られてまた心臓がどくどくと早くなる。
この世界に私はひとりぼっち。
そんなありもしない馬鹿げた不安が浮遊している。
色々と考えていると、家の扉が開く音がした。
紗夜……?
紗夜は私に気がついた様子もなくコップに水を汲もうとしている。
さっきまで一人だと不安だった世界に暖かい風が流れ込んでくる。自分のこの嬉しい感情を悟られないように、紗夜に話しかけることにした。
「紗夜、早いね。おはよう」
昨日、あんなことがあったから、もしかしたら私と話してもらえないんじゃないかなんて不安に襲われていたが、案外そんなことはなく紗夜なりに話してくれた。紗夜が「出ていく」とかそういうことを言わなくてよかったと心から安堵する。
今は心が弱い。
昨日もただ職場で上司に怒られただけであんなに弱って紗夜にわがままを言ってしまった。だから、年下の女の子でも従姉妹でもなんでも、そばに居てくれることが何よりもありがたい。
紗夜が部屋に戻ったので私も自分の部屋に戻って布団に入って二時間後に目覚ましをかけた。
仕事がない日は十時くらいまで寝ているなんて生活をしていたけど、今は紗夜に朝ごはんを作るために早く起きなければいけない。
これからも少しの間、その生活が続くと思うと呼吸が浅くなり、さっきまでの不安がびっくりするほど、どこかに行ってしまったまま眠りに落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます