第7話 子供扱いしないでください

 三歩進めば三歩足音が聞こえる。


 四歩目を踏み込んで、四歩目の音が聞こえなければ後ろを振り返る。


 振り返れば、必ず四歩目を出してくれる。ただし、とても鋭い目つきで睨まれる。



 どうやら、今日の私と彼女の距離は三歩分らしい。後ろの美少女は大人しく私に着いてきてくれる。


 今まで散々爪を立てて引っ掻いてきた保護猫は今日は少しだけおとなしい。

 

 しかし、今日だけという期限付きだ。


「紗夜って学校の時もそんな感じなの?」

「はい」

「高校楽しい?」

「普通です」

「今年受験生だよね? 受験勉強大変?」

「普通です」

「明日から学校だるくない?」

「はい」


 私の一方的な会話で面白くなってしまう。


 あれだ。


 スマホに話しかけると答えてくれるAIに似ている。いや、紗夜は人口知能より愛想がないと思う。


 ヘイ、紗夜! なんて呼んでも無視を貫くだろう。


 もし、私がそんなことをしたら一生口を聞いてもらえない可能性すらある。しかし、今日は話かけるなと言われることはないので、調子に乗って話を続けてしまう。


 

「紗夜って得意なこととかあるの?」

「私のこんな話聞いてて楽しいですか?」

「うん、楽しいよ。紗夜が小学生くらいの頃で記憶止まってるから。いろいろ教えて?」


 あの時はあんなに仲が良かったはずなのに時間の流れというのは恐ろしい。


 私は高校生の時からだいぶ人間性が変わった。いい方向にも悪い方向にも変わったと思う。昔の自分の方が好きなところもあるが、今の自分の方が好きなところもある。


 総体として今の自分は割と好きだと思う。

  


「……谷口さんが私から離れって行ったんじゃないですか」

「えっ?」


 紗夜の声が小さくて、モゾモゾしていたのでよく聞こえなかった。聞き逃した自分の耳を少しばかり恨んだ。そんなくだらないことを考えていたら、隣にいる少女の眉間に皺が寄っていることに気がつく。


 今日は彼女を困らせたいわけではない。


 話ができるこの機会を存分に利用して、少しでも彼女のことや心の内を知れたらいいと私の胸の中には下心がたくさん詰まっていた。

 


「好きな食べ物教えて?」

「お母さんが作るご飯……」

「……」

 

 思わぬ回答に反応できなくなってしまう。


 あんなに意気込んでいた私は早い段階で地雷を踏んで玉砕したらしい。


 隣の少女は明らかに悲しい顔をしている。


 詳しくは聞いていないが、紗夜のお母さんが彼女を置いて海外に行ってしまったことは知っている。


 良かれと思って全開にした私の下心はよくない方向に働いたようだ。彼女に申し訳ないことをしてしまった。しかし、ここで謝ったら余計彼女を嫌な気持ちにさせてしまう気がした。



  

「私が作るご飯はおいしくない?」

 

 紗夜の機嫌が悪くならない言葉を選んだ。


 いや、逆にこんなめんどくさい質問をされて機嫌はより悪くなるかもしれない。自分の言葉選びのセンスの無さに呆れてしまう。ただ、謝ってその場の雰囲気が最悪になるよりはいいのかな、なんて思った。

 


「普通です」

「普通かぁ。好きな料理は?」

「チャーハン……」

「じゃあ、今日の夜チャーハンにしよっか」


 吉と出るか凶と出るかわからない私の危ない質問は成功したらしい。


 ちゃんと紗夜の好きな食べ物が知れて嬉しいと思って口元が緩んでいると紗夜の方から質問が飛んで来て驚いてしまった。


「恋人さんと暮らしてる時は谷口さんがご飯作ってたんですか?」

「んー、私の方が多かったけど作ってくれる時もあったよ」

「そうですか」

 

 紗夜から聞いてきたのにかなり興味がない反応が帰ってきた。この前、元カノの話をしたらかなり不機嫌になったから出さないように意識していたのに、今度は紗夜から聞いてくるなんて理由わけがわからない。


 

 私たちは家の家具を見て、生活用品、食材等の必要な買い物を済ませた。


 ふと、ゲームセンターの前を通りかかるとかわいい大きいぬいぐるみがたくさんあり、紗夜の視線が釘付けになっていた。


 

「欲しいの?」

「いらないです」

「紗夜に小さい頃うさぎのぬいぐるみ取ってあげたの覚えてる? 小さいやつ」

 

 紗夜がお母さんにしばらく会えなくて寂しいと泣いていたことがあった。


 私はそんな彼女を助けたいと思ったけれど、あの時の私には何も解決することは出来なかった。


 大した効果はないかもしれないが、彼女の寂しさを少しだけ紛らわすことができればいいと思い、ゲームセンターでうさぎのぬいぐるみを取ってあげたのだ。

 

 あのかわいいうさぎがどこに行ったかはわからない。ただ、その時の思い出を紗夜が少しでも覚えていてくれれば嬉しいと思って、こんなことを話してしまった。


  

「――覚えてないです」

 

 予想どおり、答えはノーだ。こんなに過去に囚われているのは私だけなのかもしれない。

 従姉妹との過去の思い出をこんなに覚えているのだから、大好きだった元カノのことは一生忘れられない気がする。


 今までは別れたらちゃんと気持ちの整理を付けて切り替えられていたが、歳をとったせいなのか、勢いは劣り、なかなか切り替えられないでいた。

 

 ここもたくさんの思い出が詰まるショッピングモールだ。


 鮮明に思い出すのは元カノとどんなことをしたか、どんな会話をしたか、どんなものを食べたかなどの思い出があるばかり。


 そんなことを考えて紗夜のことをないがしろにしたのがバレたのか、少しムッとした表情で話しかけてきた。 


  

「谷口さんは欲しいのとかないんですか?」

 

 今日はみぞれでも降るのだろうか。紗夜の二度目の思わぬ質問に先程まで作っていた笑顔が崩れてしまう。


 彼女が何を意図してそんなことを聞いているのかわからない。

 

 散々話しかけるなと言ってきたくせに、今日は紗夜の方から私に話しかけることが多い。


 そのまま回答してもいいのだが、私は紗夜との会話の時間を楽しみたい気分だったので、少し会話を伸ばすように言葉を考える。


 

「欲しいってこのゲーセンの中から欲しいものってこと?」

「はい」

「紗夜が欲しいもの答えてくれたら教えてもいいかな」

「私はないです。子供じゃないので」

「高校生なんてまだまだガキでしょ」

「私のこと子供扱いしないでください」

「私から見たら紗夜なんてまだまだ子供だよ」

 

 そうだ。今考えれば高校生なんてまだまだ子供だった。なのに、私は大人になった気分になって夜遅くに家に帰ってみたり、学校終わりにゲーセンに立ち寄って遊んだりなんかしていた。


 あの頃が懐かしい。


 あの頃は何も恐れていなかったし、怖いものなんてないみたいな行動を沢山取っていたなとしみじみ感じてしまう。


 

「どうやったら子供っぽくなくなりますか。私は早く大人になりたい……」

「なんで大人になりたいの?」

「教えません」

「えー、けちだね」


 私は優しく微笑んで彼女に笑顔を向ける。子供扱いされていい気分になる人なんてそう多くはない。

 

 私も紗夜くらいの年齢の頃は親が夜遅くに帰ると心配だのなんだの文句をガミガミ言ってくるのがとても腹立たしく、言葉で八つ当たりもしていた。


 一人でできることが増えたのに親はそれを認めてくれないと勘違いしていた。しかし、両親はまだまだ未熟過ぎる私を本気で心配してくれているだけだった。


 私が子供だった故のすれ違いだ。


 

「なんで楽しそうなんですか」

「昔の自分のこと思い出してね」

「私と谷口さんそんな変わらないじゃないですか」

「変わるよ。七年前だよ? すっかり歳取っちゃったなぁ」


 紗夜はぶつぶつ不服そうな顔で何かを言っていたけれど、聞いても教えてくれないので無駄な労力を使うことは控えた。

 

 私たちはそのまま両手に買い物袋を持って家に向かう。



 まだ夕飯までは時間があるので一週間分のお惣菜を作り置きする準備を始めようとキッチンに立った。

 

 紗夜にお弁当を毎日作ってあげたら迷惑だろうか……。まあ、作ったら食べてくれるということを願っていつもより多く作ることにした。

 

 色々なお惣菜がどんどんと出来上がり、我ながら感心してしまう。こういう所に大人になったな私、とよく感じてしまう。


 お弁当のお惣菜を作り終えて、今日一番重要であると思われるミッションを始める。紗夜が好きと言ったチャーハンを「谷口さんのチャーハンが好き」と言わせるくらいのものが作りたいと思った。


 別に自分の料理に自信がある訳ではないが、せっかく作るのなら彼女の中で一番になりたい。


 ちょうど、昨日炊いて残った少し乾燥したお米があるのでチャーハンにちょうど良さそうだ。フライパンの上でパラパラとチャーハンの具材を炒め、お皿に盛りつけた。



「ご飯できたよ」


 部屋で何をしていたか分からない彼女はすぐに出てきて、食卓に座った。


 いつも真顔の紗夜が珍しく目を丸くしてチャーハンを見ている。そういう反応はまだまだ高校生らしいなと頬が緩んでしまう。


「「いただきます」」


 チャーハンが好きというのは本当だったようで、私の作ったチャーハンが何度も何度も紗夜の綺麗な唇の間を通る。


 私が十五分くらいかけて作ったチャーハンは同じくらいの時間をかけて紗夜の口の中で咀嚼されて彼女の胃の中に消えていく。


 

「おいしかった?」

「……」

 

 紗夜はだんまりだ。食事の時間が終われば、お互いお風呂に入って部屋に戻り、寝る。


 そうすれば、今日は終わる。


 今日が終われば、紗夜とはこういう話は出来なくなる。


 

「教えて? おいしくないならそれでいいから」

 

 今日くらい少し強引でもいいと思った。彼女と生活する上で、今後なにかの役に立つかもしれないので、今回のご飯がどうだったか知っておきたい。



 

「おいしいです……」

 

 紗夜はそのままガタンと机に体をぶつけながら立ち上がり片付けを始めてしまう。


 言わせた感じが満載の回答だったが、全然話してくれない紗夜がおいしいと言ってくれて、私を喜ばせるには十分すぎる言葉だった。

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