第3話 話す権利くらいちょうだい?

 目が覚めると天井が遠くに見え、私の視界に美女が写っている。


 きっと振られて可哀想な私に神様が慈悲を与えてくれたのだろう……。




「起きてください」

 

 その声で完全に眠気が覚めた。

 そういえば昨日色々あったんだっけ。


 どうやら私はベッドの端で寝ていたせいで床に転がってしまったようだ。


 今日はやることがたくさんある。

 紗夜の引越しを手伝わなければいけない。

 さっきまで感覚の全くなかった体に力を入れて体を起こした。

 

 

「今日持っていける荷物は全部持っていこう」

「もうまとめてあるので」


 そう言われて私の部屋を見渡すと一つのキャリーケースがあった。


「それだけ?」

「はい」


 紗夜はそれ以外何も言わず部屋の外に出て行ってしまった。


 私も急いで支度をして、家を出る。


 

「紗夜ちゃん、和奏が迷惑かけると思うけどよろしくね」


 いやいや、私が面倒見るんだよ? と言いたくなった。昨日から色々と納得のいかない場面が多い。しかし、ここで否定しても面倒なのでそのまま実家を出ることにした。


 紗夜は私の母といる時はとても丁寧な感じの子を演じているが、私といる時はびっくりするくらい冷たい。小さい頃はもっと沢山甘えてきてかわいい感じだったと思う。



「帰る前に家具屋寄りたいんだけどいい?」

「なんでですか?」

「家の中の家具変えたいなと思って……」

「確かに付き合ってた人との思い出が詰まったベッドとかは捨てたほうがいいかもしれないですね」


 なんで元カノのことを知っているんだと思うと、母の悪い顔が浮かんできた。やっぱり、母には後で仕返しが必要だと思う。



「まあ、とりあえず欲しい家具とかあったら教えて?」

「話しかけないでって言いましたよね?」


 なぜ、紗夜がそんなに私を毛嫌いしているのかも、こんなに冷たいのかも分からないが、一緒に生活する上で最低限のことは話して欲しいと思う。


「わかった。雑談とかはしないから、必要なことを話す権利くらいちょうだい?」


 私は少し湧いてきた怒りを抑えつつも優しく微笑んで彼女に語る。しかし、そんな私の優しさはなぎ払われるように驚く言葉が返ってきた。

 

「そうやって笑顔作っておけば相手のこと上手くごまかせるとか思ってそうですね」


 その言葉に思わず口をあんぐり開けてしまう。彼女に散々な言われようで、私の精神はボロボロだ。


 だって、昨日は一生を添い遂げたいと思った恋人に振られ、今は私を慕っていてくれたはずの従姉妹にこんな言われようだ……。


「はぁ……」


 これからのことがとても心配だ。


 私はあまりにショックでなにも購入できないまま、家に着いた。


 夕食の準備を始めようと思い、紗夜に話しかける。

 

「好きな食べ物とかある?」

「それ雑談ですよね?」

 

 なんて理不尽なんだ。しかし、余計な話はしないと言ったのは私だ。私はどうしたら紗夜が答えてくれるか思考を巡らせる。

 

「わかった聞き方を変える。アレルギーとかある? あと食べれない食べ物教えて」

「ないです」


 私の聞き方が悪かったのだと思う。彼女は必要なことならちゃんと答えてくれる。しかし、言葉選びには慎重にならなければいけない。



 まるで保護猫を飼い始めた時のような気分だ。




 私は適当にお惣菜を作って、ご飯と味噌汁を出した。正面に座る彼女をちらりと見ると驚いた様子で食卓を見ている。


「いただきます」

 

 紗夜は行儀よく手を合わせて挨拶をして、食事に手を付け始めた。おいしいとも言わないが箸が進んでいるのを見て少し安心する。


「お風呂先に入っていいからね」

「ありがとうございます」

 

 珍しく素直な彼女に心がほっとし、私も口にご飯を運んだ。ご飯を食べていると、紗夜の方から話しかけられて、私はビクリとしてしまう。


「今日どこで寝ればいいんですか?」

「ここでの生活はそんなに長くないから元カノが使ってた部屋で我慢して欲しい……」

「絶対に無理です」

「じゃあ、私の部屋ならいい?」

 

 紗夜は深く考えた様子だったが、諦めたのかため息をついてコクリとだけ頷いてお風呂に向かっていった。



 紗夜がいる間は私の部屋を彼女に貸して、私は辛いけど元カノの部屋で寝ることにした。




 紗夜はせっかく沸かしたお風呂に入らずシャワーだけで上がったのか、すごいスピードでお風呂から帰ってきた。そんな彼女にどうしても聞きたいことがあった。


 

「一つだけどうしても教えて欲しいことあるんだけど」

「なんですか?」

「なんで話しかけるなと言うの……? 私のことそんなに嫌い?」

「谷口さんがとか関係なく、女の人が嫌いだからです。すぐ嘘つくしすぐ裏切る」


 そう言って紗夜は酷く暗い顔で部屋に行ってしまった。



 彼女のことは何も分からない。


 ただ、小さい頃は私なんかより明るかったあの子があそこまで変わった出来事があるのだろう。


 きっと、聞いても何も教えてくれない。



 私はただ息を潜めるように紗夜との共同生活が終わるのを待つしかなかった。

 

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