第2話 私に話しかけないでください

「なんで四人分の食事なの?」

「ああ、そういえば和奏にお願いしたいことがあるの!」


 母は私の横に座って、キラキラとした目で私を見つめてくる。 


「ほら、従姉妹いとこの紗夜ちゃん覚えてる?」

「覚えてるよ」


 従姉妹の五十嵐いがらし紗夜さよは私の母の妹の子供で、父が早く亡くなったため紗夜の母はひとり親で彼女を育てていた。


 ひとり親で大変なことと、家も近い関係から私の母が紗夜の面倒を見ることが多かったので私もよく一緒に遊んだりしていた。


 私が高校生くらいまで私の家によく来ていたと思う。

 その時、小学生だった紗夜はとても私に懐いていてくれた。その子は七つ下なので今は高校生くらいの年齢だろうか。


 いつもキラキラしていて、明るくて顔立ちの整った子だった。私と三つくらいしか違わないのならタイプで言い寄っていたかもしれないと思うくらい素晴らしい顔立ちをしていたと思う。


「それでどうしたの?」

「妹がね再婚して、紗夜ちゃんのこと預かってくれないかって言われたの。新しい再婚相手と紗夜ちゃん上手くいかなかったみたいで、二人は紗夜ちゃん残して海外に行っちゃったんだよね。ほんと好き勝手な妹で困るわ。それで今うちで預かってるんだけどね、しばらく和奏の家で預かってくれない?」


 なぜ私が預からなければいけないのか?


 今更、従姉妹と話すことなんてないし、この歳になるとそう簡単に年下の子と話せないのだよお母さん。なんてことを心の中で思った。


「理由は聞いとくよ」

「あなたの部屋使ってもらってるんだけど、エアコン壊れちゃって今時期暑いから、熱中症とかなられても困るし……。エアコン直るまでの間だからお願い!」

 

 母は両手を合わせて私にお辞儀をしてくる。


 たしかに真夏の暑さであの部屋に閉じ込められるのは辛いと思う。


 そんなに長い期間ではないし、今は寂しいからちょうどいいかもしれない。あのかわいい子が高校生になったのなら、もっと綺麗になっているだろうし、養うくらい別にいいだろうと思った。


「わかった。いいよ」

「よかったぁ。なんかね友達と色々あって女の人と関わるの苦手になったらしくてね。小さい頃よりぶっきらぼうになったけど、根はすごいいい子だから! 今、呼んでくるね」

 

 母はバタバタと二階に上がった。


 そういえば、しばらく自分の部屋なんて使っていないけれど、変なものとか置いていなかったかなと不安になる。


 しばらく会っていなかったとはいえ、昔は私のことをお姉ちゃんみたいに慕ってくれていたので、かっこ悪いところは見せたくなかった。

 



 二人が来るよりも先に父がお風呂から上がってきて片手をよっと私の方に向かって上げているので、私もよっと右手を上げた。


 きっと母から私が別れたことは聞いているのだろうけど、変に気を使わないあたり両親には救われる。


 母が戻ってくるとその後ろに着いてきた制服姿の少女に目を疑いたくなった。先程、繁華街で悪い男に絡まれていた美少女が目の前にいる。

 



 いやいやまてまて。


 小さい頃から綺麗だと思っていたけど、どうやったらそんな美人になれるんですか!? と思うくらい顔が整いすぎている。


 透き通るような艶を放ったセミロングの黒髪に絵に書いたような二重でぱっちりとした目、馬のように長いまつ毛、形の整った鼻、綺麗な形の唇。漫画のヒロインになれそうなくらい可愛い女の子だ。


 いくら昔、仲が良かったとはいえ、私は気安く話しかけられなくなってしまった。というか、さっきその子に触らないでと気持ち悪がられたばかりなんだけど……。



「じゃあ、みんなでご飯食べようかしら!」

 

 私の向かいに何事もなかったかのように紗夜が座る。

 

 私たちはご飯を食べている間、無言だった。話しているのは母と誰かで、それ以外はお互い話すことはない。



「じゃあ、明日は紗夜ちゃんの引越しね! 和奏も手伝ってあげてね」


 私は「わかった」とだけ答える。紗夜は「ありがとうございます」と言って深々とお辞儀をしていた。紗夜のその様子を見て母は微笑んでいる。


「そんなかしこまらなくていいのよ? 家族なんだから」

 

 そんな優しい言葉をかけれる母を見て少しだけ誇らしく思ってしまった。


 

 今日は色々ありすぎて疲れたので寝ようと思った時に衝撃的なことに気がつく。


 私が今日寝る場所がないのでは……?



「お母さん、今日、お母さんのベッド貸して」

「何言ってんのよ。いつまで親離れ出来ないのあんた!」

「いやだって、紗夜が私の部屋使ってるなら私の寝る場所ないじゃん」

「何言ってんのよー。あなたたち二人でよく寝てたんだから二人で寝ればいいじゃないの」

 

 はっ?

 と言いたくなった感情を抑え、紗夜の顔を見るとすごい嫌そうな顔をしていた。

 さっきの反応から想像のつく顔だ。

 

 母はそのまま私たちを部屋に押し入れて「おやすみ」と言って下に行ってしまう。




 今更、何を話せばいいのかわからなかった。



「久しぶりだね。小さい頃と雰囲気違くて気が付かなかった」


 私は緊張している声を抑えながら彼女に伝える。ここは年上の私がリードしなければいけないと意気込んだ。


「谷口さんは随分雰囲気変わりましたね。あと、私に話しかけないでください。私が床で寝るのでベッドどうぞ」


 谷口さんって……昔は和奏ちゃんって呼んでくれてたのに、なんで急にそんなにしおらしくなったのだろう。

 

 私は一日に二度も美女たちに振られる、今日はこの世で一番可哀想なアラサー社会人だと思う。



 そんなことよりも、本気で紗夜が床で寝始めたので、私は急いで私よりも小さい彼女の体をひょいっと持ち上げてベッドに乗せた。


 その時に彼女の体がすごい強ばっていた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。だって、風邪をひかれたら私が親に怒られるのだから、ベッドで寝て欲しかったのだ。



「話しかけないしもう触ったりしないから今日はここで大人しく寝て?」


 私はそのまま壁側に紗夜を横にして布団をかけた。しかし、彼女は体を起こしこちらを睨みつけている。


「谷口さんはどうするんですか……?」

 

 話しかけるなと言ったのはそっちなのにな……と思いつつ、私はベッドの端で紗夜に背を向けて寝ることにした。


 彼女は動こうともしなかったし、大人しくその場にいてくれそうだったので、安心して私はそのまま眠ることにした。

 

 

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