生物ならざるもの

カキン、と言う音と共に樽の中から手の様な物が樽の淵を掴む。そして中から緑色の煙の様な光が立ち上る。そして徐々に腕が、肩が、そして頭らしき物が樽の中から出てきた。


「あ……あぁ……まさか……こんな……」


 セトさんが力無く後ずさる。


「セトさん!」


 オレの呼びかけにも答えない。


「ラム!ネキ!こっちはオレたちだけで何とかなる!セトさんだけでもどうにかしろ!」


「どうにかって言ったって……!もう!」


 ラムさんとネキさんはセトさんに向かって駆け出した。それに続いてオレも走る。オレに何か出来るとは思えないけど、セトさんをこっちに引っ張って来るぐらいは出来るだろ。


 セトさんまで後少し。樽から出てきた奴を見るともう樽から右足を出している。


「なんだ……あれ......?」


 その姿は細い手足と胴体を緑色の光が繋いでいる様だ。頭はつるんとしたゆで卵の様な形をしていて目も鼻も耳も無い。まるで鉄で出来た人形の様だ。そして緑色の煙の様な光は鼓動の様に一定間隔でボワっと膨張する。そして気持ちその膨張の度に煙が大きく、濃くなって行く気がする。


「吸収……?あの人達が言っていた通りだ………………。素晴らしい……」


 セトさんは何かに取り憑かれた様に呆けてそのバケモノを見ている。素晴らしいだって……?何を言っているんだ?


 そしてバケモノはゆっくりとセトさんに歩み寄り、右腕を高々と振り上げる。


「あ……ぁ……もうすぐ完全に実体化するじゃないか......」


「セトさん!」


 叫びながらネキさんが杖を構えて魔法を放つ。放たれた火球の魔法は真っ直ぐにバケモノへと飛んでいき、胴体のど真ん中に命中した。

 炸裂した火球が周りに火の粉と爆風を撒き散らしたがバケモノは微動だにしない。何事も無かったかの様に右腕を振り下ろしセトさんに叩きつけた。

 それはどこかを狙う事もなく、ただ無造作に振り下ろされた。その拳はセトさんの喉の少しした、胸の上部をぐしゃりと潰し地面まで貫通した。


「ごひゅ……」


 セトさんの最後の言葉はもはや言葉では無く、押しつぶされて絞り出された空気が喉を通る音だった。


「そんな……傷一つ付かないなんて……」


 そんなバカな……ネキさんの魔法は第3階層魔法だぞ……。


「どうした!セトさんは無事か!?」


 アンデッドを相手にしながらハッツさんが問いかける。


「それが……ダメ……!セトさんはもう……!それより!あれ見てよ!やばいのよ!」


 悲鳴に近い声でラムさんが答え指さす。


 言われてアンデッドから距離を取りハッツさんが振り返る。

 

「なんだアレは……!?アレが中身……実験体か……?」


 ハッツさんはオレたちの方に駆け寄ってきた。


「お前達は無事か!?フル君も怪我は無いな!?」


「はい!オレは何とも無いです!でもアレって……?」


「詳しい話は後だ!とにかく今はやばい!確かアレは周囲のマガを吸収して強くなるとか何とかだったな!?という事はもたもたしている間にどんどん手がつけられなくなって行くって事だ!いそ……」


 そこでハッツさんの言葉を途中で遮ったのはすぐ横を通り過ぎた突風。その正体が何であるか分かるのに一瞬の間があった。

 その突風を起こしたのは鋼鉄の拳、そして逞しく形作られた、緑色に発光する腕だ。何がどうなってこの位置に居るのかも分からない程の速度で距離を詰め、その動作に気がつく事が出来ない程の速度で拳を振り抜き突風を起こしていた。そしてその拳はラムさんの腹を押し潰し遥か遠くへ吹き飛ばしていた。


「ラム……?」


 壊れた操り人形の首が糸に引かれ向きを変えるかの様に、ネキさんがぎこちなく吹き飛んだラムさんの方を向いた。そこには胴体の真ん中から、ありえない方向に曲がったラムさんが転がっていた。


「いやぁ……いやぁあああ……」


 ガタガタと震え出すネキさん。オレも立っているのがやっとだった。


「ネキ!」


 叫んだハッツさんがネキさんを抱え横へ飛んだ。その直後に今居た場所をバケモノの裏拳が空を切った。


「しっかりしろ!ネキ!」


「だって……だってぇ……」


 ネキさんの目はもはや焦点が合っていない。それに対して叫び続けるハッツさん。

 オレはその時、視線の様なものに気が付いた。ゆっくりとその感じる先へ視線を向けるとバケモノがオレを見ていた。目も何も無い顔で。


「え……あ……オレ……?」


 ゆっくりとバケモノの体の向きがオレの方へ向く。ハッツさんが何やらオレに向かって叫んでいるみたいだけど耳に入らない。


 鼓動が異常に高鳴る。胸が苦しい。呼吸すら辛い。


 オレは動かなかった体を無理やり呼び起こし後ずさりする。


 ピクリ、とバケモノが動いた気がした。その瞬間オレの体が弾かれた様に動き出す。


 やばい!逃げなくては!


 それが正しかったのかは分からない。でもそうするしか出来なかった。オレは振り返り全力で走り出した。2歩か3歩、足が大地を蹴った気がする。次の瞬間、視界がぐるりと回った。何が起こったかは分からない。でも気がつくとオレは地面を横に数回転転がり空を見上げていた。

 そして次に右足に激痛を感じた。でもおかしい、痛いのに足が動かないぞ?動かない?あれ?え?


「足が……」


 膝から下が無くなっている自分の右足を見て思わず声が出た。

 そして急に月明かりが遮られ視界に黒い物が入って来た。それはバケモノの鋼鉄の拳だった。

 それが振り下ろされる。あまりの速さに、あまりの恐怖に、あまりの理不尽に微動だに出来なかった。


「フル君!!!」


 金属と金属がぶつかるけたたましい音が響き、駆けつけたハッツさんが振り抜いたロングソードがバケモノの拳を横に弾く。軌道がズレた拳は僅かに逸れ、オレの胸では無く左腕を押し潰し、ちぎれ飛んだ。


「…………!!!」


 声が出なかった。痛みと恐怖で叫び声も出ない。無様に這いつくばり、残った右腕と左足で地面を這ってバケモノから逃げる。後ろからはハッツさんが戦う音が聞こえる。


「おい!フル君!大丈夫か!?クソ……!先にハッツさんの援護だ!」


 向こうからアンデッドを相手にしていた前衛が加勢に来ていた。何とか身を捩りバケモノとハッツさんの方を振り返ると加勢に来た人と4人がかりで戦っている。そして地面に倒れているネキさん……。


 ハッツさん達はバケモノ相手にも互角に戦えている様に見えた。バケモノも所々破損している様にも見えた。しかし気のせいかだろうか?バケモノは少しづつ体が大きくなっている気がする。

 いや、気のせいじゃない。そうか、さっき言ってたマガを吸収して強くなるって事か。

 バケモノの体が大きくなるに連れ、ハッツさん達は徐々に押されて来ていた。そしてハッツさんが激しい一撃を受け膝を着いた。


「ハッツ!しっかりしろぉ!」


 互いに激を飛ばし激しく戦うが、明らかに押されている。


「オレ、死ぬのか?」


 何だか急に心が穏やかになった。いや待て、どういう事だ、死の間際だからって奴か?ふざけるな。こんな所で、こんな所でか?


「ふざけるなよ……まだ何も……何もしてないじゃないか……。美味い物も腹が裂けるほど食ってない……。デカイ家にも住んで無いし美人なメイドにも囲まれて無い。一瞬で寝ちまうふかふかのベッドも買ってないし金持ちだけの晩餐会にも参加してない。いい服も、高い靴も、無駄に小さいバックも買って無い。めちゃくちゃ美人の彼女と寝起きでクソ高いフルーツも食って無い……。こんな所で……」


 不意に足音がした。引きずる様な。音のする方へ身をよじるとそこには数体のアンデッドが。


「クソ……金さえあればこんな目には……。貧乏のまま死ぬのかよ……。せめて足だけでも無事なら逃げられるのに……せめて腕が無事ならアンデッドぐらい何とか出来たかも知れないのに……それすら……。オレみたいな貧乏人のゴミはこんな死に方しか出来ないのかよ……!クソ……!クソが!クソ!!!全部欲しい!金も!力も!地面を這いつくばって野垂れ死になんてしないで済むぐらいには与えられたっていいだろ!不公平だろ!神様なんてくたばっちまえ!!!」


 【システム起動。スキルの発現を確認しました。スキル:『換金』タイプ『グリード』。リアライザ形成。マスター『フル・マウキッド』を登録。スキル、リアライザ、マスターをリンクします】


「え?」

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