想定外

「君は本当にそんな軽装で来たんだね……」


「え?そうですよ?この辺は良く来るから慣れてますし、何より装備なんてこれしか持ってないですからね」


 森をある程度進み日が沈み出した頃、オレが薬草つみなんかの時に良く休憩場所として使っているちょっとした原っぱで野営の準備をしながら魔法職っぽい見た目の女性冒険者、ネキさんが話しかけてきた。


「慣れてるったって……後衛の私とほぼ変わらない装備じゃない。それに失礼かも知れないけど、あなたそんなに体格もいい方じゃないし、魔法も使える雰囲気も無さそうだけど、何かスキルでも持ってるの?」


「いえ?持ってないですよ?スキルなんてあったら銅級な訳無いじゃないですか」


 オレは火を起こしながら笑い飛ばす。そりゃーね、こんだけ弱っちくて魔法も使えない、獣人でも亜人でも無いオリ人の冒険者なら、もしかしたらオリ人にしか発現しないスキルを持ってるかもって思うのは不思議じゃないよな。


「うーん……、もし戦闘になる様な事があったら私とかあそこのラムの傍から離れないでね」


 ネキさんが指さす先には弓を担いだ女性冒険者、ラムさんがいた。どちらも後衛、つまりオレには戦闘に参加しない方がいいって言ってるんだ。


「まぁそうだな、戦闘はオレたちに任せてくれ。こう見えてもオレたちゃあ全員銀級の冒険者なんだぜ。こんな辺鄙な森の魔物なんざぁ余裕だぜ」


 そう言って薪を担いで来たのはブルートーさん。ハッツさんと同じく戦士みたいだけど、扱う武器は大きな斧だ。ロングソードのハッツさんとは違った戦い方をするのだろう。


「みなさん銀級なんですね!そりゃあすごいなぁ!なら安心ですね。この辺には出たとしても鉄級の魔物ぐらいしか出てこないですからね」


「あら、鉄級なの?それなら余裕ね!私、こう見えても第3階層魔法使いなのよ!」


 第3階層魔法使い!それはすごいな!魔法には第1階層から第6階層まであるって聞いた事がある。とは言っても第6階層は伝説上の作り話で存在しないって話だから、実質第5階層までって事になる。その中の第3階層の魔法が使えるなんて、銀級冒険者の中でも上位のパーティなのか?


「第3階層なんてすごいですね!オレ第3階層魔法が使える人なんて初めて会いましたよ!」


「うふふー!そうでしょそうでしょ!」


 素直に驚いただけなんだけど、ネキさんはかなり上機嫌になった。歳下のオレがこんな事言っては何だけど、ネキさんかわいいなぁ。


「よし、火起こしも終わったし、少し早いが晩メシにしようか。ラム、持ってきた食材を出してくれ」


 ラムさんは自分の背負っていたカバンを降ろし中をゴソゴソ。取り出したのは燻製の肉と野菜、そして調味料がいくつかだった。


「簡単な物しか作れないですけど我慢してください。後もう1泊我慢すればゴトマジです。ゴトマジでは美味しいご飯を食べに行きましょうね!」


 そう言うとラムさんは近くの水場から汲んで来た水を鍋に入れ、無造作に肉と野菜を入れ調味料をドバドバ入れた。

 しばらくすると辺り一面にうまそうな匂いが漂った。


「これはずいぶんと美味しそうな匂いじゃないですか。こんないい匂いなら魔物もお腹を空かせて寄ってきてしまうかも知れませんね」


「よしてくださいよセトさん、嫌なフラグ立てないでください」


「アハハハ、それは確かにそうだ、申し訳ない。ではさっそくいただくとしましょう」


 セトさんの冗談を合図にそれぞれ持参の食器を持ち出し鍋の中身をよそってもらった。肉と野菜を煮ただけの簡単な料理だが、野営の時に温かい食べ物が食べられるだけでもだいぶ違う。これも出発したその日の晩だからだが、これが野営5、6日目となるともっと味気無い物になる。まぁオレはそんなに長く野営した事なんて無いんだけど。


「ごちそうさまでした。ラムさん、本当に美味しかったです!」


「あら、ありがとう。フル君はさすがに食いっぷりがいいわねぇ~、さすが育ち盛りね」


 育ち盛りと言うか、単に最近ほとんどご飯にありつけてないからなんだが。


「さて、ゆっくりする前に私は積荷の確認をしておきます。皆さんはお茶でも飲んでいてください」


 そう言って立ち上がったセトさんは馬から離した荷台へ向かう。


「そう言えばあれ、何が入っているんですか?」


「不必要な詮索はするもんじゃないぞ。冒険者にとっては依頼の内容以外の事には首を突っ込まないものだ。何よりそれがお互いのためでもあるしな」


「確かにそうですね」


 そう言われてしまえばそれまでだな。オレの仕事はこの森を抜けるまでの道案内。ゴトマジに着いてからあの荷物が一体どうなるかなんてのはオレには関係ない事なんだしな。


  「ん?」


 何か今聞こえた気がする。微かだが物音だ。初めは気のせいかと思ったが、集中するとその物音が数回聞こえた。


「ハッツさん……」


「あぁ……何かいるな」


 ハッツさんのその雰囲気をその場にいた全員が感じ取りすぐさま武器を手に取る。


 ガサガサ……という音を立てながら木々の合間から人影が出てきた。その数はゆうに10体は超えている。しかしその足取りは遅い。遅いと言うより何か足を引きずる様にして歩いている。


「アンデッドか……こんな所にか?」


 ハッツさんが武器を構えて1人つぶやく。月明かりと焚き火の炎に照らされたそれは確かに人の姿をしていた。しかし顔や腕の肉は腐り、着ている服も革鎧もボロボロ。壊れた、と言うよりは時間が経って劣化した、と言うのが正しいだろう。おそらくは元冒険者、その姿はまだグールやゾンビに分類されるであろう姿であったが、もう少し時間が経てばスケルトンに分類されるだろう。


「なぜだ!ちょっとこれは......!まずい!まずいですよ!」


 急に背後からセトさんの叫び声が聞こえた。前方のアンデッドに注意しながらもセトさんを振り返る。


「どうしたんですか!セトさん!」


「封印が……!欠損している!このままでは……!」


「まさか……!中身が飛び出してくるなんて事は無いですよね!?しかもこのタイミングで!?向こうからアンデッドも現れた所なんですが!」


「アンデッドだって!?あぁ……まさかこれに惹かれて来てしまったのか……?」


 ハッツさんとセトさんが何を話しているか全然分からない。でもやばい状況だって事だけは分かるな。オレも手にしていたショートソードを強く握り直す。


「セトさん!そいつの封印はどうにかなりそうですか!?我々は先に目の前のアンデッドをどうにかします!」


 言ってハッツさんはアンデッドに向かって走り出し先頭の2体のアンデッドを胴体から真っ二つにし切り捨てた。そして弾かれた様に残りの前衛3人も駆け出し次々とアンデッドを切り捨ててくる。


「どうにかって言ったって……!」


 セトさんは荷台に積まれた何かを必死にいじっている。梱包している木箱を破壊し顕になったそれは大きな鉄製の樽の様な物。おそらくは金属、しかしそれは心臓の鼓動の様に一定間隔で振動している。


「まずい……!まずい!まずいまずいまずい!!!」


 明らかにセトさんが焦っている。そして徐々に樽の振動の間隔が早くなる。遂にはガタガタと荷台ごと揺らし初め振動が止む事が無くなった。


 ほんの一瞬、振動が止まったか次の瞬間、樽の上部が勢いよく弾け飛んだ。


「なんだ!?」


 ハッツさんも振り返り叫ぶ。みんなの視線が音の主に集まる。


「なんて事だ……こんな所で……」


 セトさんはヘナヘナと腰が抜けた様にその場に座り込む。

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