第21話 令嬢の憂いの種1
『ねぇ〜お母様? あの塔がラストダンジョンって……本当?』
『本当よ。あの塔の最深部まで着いた者には、光の妖精さんが祝福を与えて、どんな願いでも叶えてくれるのよ』
『ふわぁ〜〜なら私、あの塔のてっぺんまで登る! すごい冒険者さんになる!』
『あらあら、この子ったら……あなたは公爵家の娘でしょう? その夢はとても素敵だけれど、もっと淑女として毅然としなきゃダメよ?』
『——ッ!? ぷぅ〜〜私、冒険者さんになるんだもん!』
『……そう。ところでアイリスはどんな願いを叶えたいの?』
『——みゅ? う〜〜ん、と……ッは!? 大きいケーキ食べたい!!』
『それは、別に苦労して塔に登らなくても叶うのではなくて?』
『——ッえ!?』
『あなたの次の誕生日にでも、用意してもらいましょうか?』
『——ッ!? ヤッタァ〜〜!!』
これはキッカケ……
幼い頃、お母様と話した宣言——そして私の野望でもある。
【ストライド公爵家】は騎士の才覚に秀でた者を多く輩出する。小さい頃から、父の振る剣を見て、大好きだった絵本を母に毎日のように読んでもらった私は……冒険者に憧れ、剣に魅了されるのも必然だった。
だけど……
『冒険者になりたい? 何を言ってるんだお前は……そんな子供のような夢をいつまで持ち続けるつもりだアイリス』
『ですが……私は本気で……』
『あのだな……冒険者になることは別に構わん。私も腕試しとばかりに若い頃はダンジョンに足繁く踏み入ったこともある。それにストライド家として、剣の腕を磨くのも止めはせん。剣の才覚がお前にあることも誇らしく思っているよ』
『なら……』
『だが、お前は女だ』
『…………』
『公爵家の令嬢としていつかは嫁いでもらう日が必ず来る。なれば、腕っぷしだけに長けていてどうする? 幸い、お前は花嫁修行も文句も言わず完璧にこなしている。だが、家のことを蔑ろにして、冒険者活動だけに注力することは許さん。せめて「趣味」の範疇で治めておきなさい。なんなら、あの有名クラン【
『…………』
『アイリス。お前が塔に固執するのもわかるよ。母を思う気持ちも誇らしい。だが、最深部到達者は「願いを叶えてもらえる」なんて眉唾が過ぎる話だ。もう時期、お前も15になる。もっと大人になりなさい』
『そうですか……では、お父様。交渉決裂ということで!』
『——ッ?』
『失礼します!』
『アイリス! ……ったく。行ってしまったか……まったく、困った娘だ。娘を思う父の気持ちも考えてもらいたいものだよ』
私は、どうしてもあの塔を攻略したい。
病で遠くに行ってしまったお母様のために。
だから、私はラストダンジョンを攻略して「願い」を叶えてもらうのよ。
お父様は何もわかっていないわ。私は本気。腑抜けた名誉団員なんてポストいらない。そんなの護衛をつけたいだけのこじつけでしょう。バカバカしい。
私は、公爵令嬢としてではなく、一介の冒険者として塔を攻略するの。
【
学園でだって、力のある者を見つけてパーティーだって結成させる。早い段階からダンジョンに潜って力をつけるために。
パーティー結成はフォーマンセルが主流だから、最低でも3人は必要だけど……
駄目ね——冒険科に入って、面々を一瞥してみたはいいけど……同級生にまともなのはいなかった。
特筆して力のある人は、宮廷魔術師長の息子だけど……あの男嫌いなのよね。私のこと変な目で見るのよ。舐め回されるようで気持ち悪いって言えばいいのかしら? 本当に不愉快だわ。
そして、いよいよ魔法を披露するのは私の番——気は乗らないのだけど、ちょっと本気を出してみましょうか?
【抜刀『
最初はまったく的を射ることはできなかったのだけど、この技に3年かけてようやくモノにした。
フフン——どうよ! 私の技は——!!
案の定、生徒の大半は驚愕して声も出せないようね。み〜んな、目を見開く驚きようだったわ。滑稽ですこと♪
でも……
その中で、2人だけ……
まったく驚く素振りを見せてない人物がいた。
1人は、アルフレッド——例の宮廷魔術師長の息子。彼をふと観察してみれば、腕を組んでゆっくりと何度も頷いていた。とにかく凄くウザい。
何を知ったように頷いているんだか? あなたは私のなんなの?! それも我が物顔なのが非常に腹立たしい!!
まぁ、虫唾が走るのだけれど、今はこの男はどうでもいいのよ。
昔から、たまに交流はあったのだけど……いつもこんなのだから、私はただ無視するだけ。
それよりも……
一番気になったのは、一般科の1人の男子生徒——
茶色短髪の、特徴という特徴が何一つとしてない。本当、ぱっとしない低身長の男。
私はね、公爵家の娘として、貴族同士の腹の探り合いを嫌というほど見てきた。だからか、自慢じゃないけど人を観察するのには長けてるつもりよ。
それで……
そんな、目に自信のある私が、彼を観察してみた。
すると……
——静寂——
彼はどこまでも、静かだった。
一瞬眉を跳ねて反応こそしていたが、表情の変化は一切確認できなかった。
私を無視して、あっという間に彼は自分の世界へと帰っていったの。
——はぁあ?!
そんなに私の魔法が気にならないの? 全然、驚かないの!? 凄く腹立たしいのだけれど!!
ねぇ〜〜この技を形にするのに、武器を特注して、3年間……昼夜問わず空いてる時間を見つけて練習したのよ? どれだけ大変だったと思うのよ!?
あなたも冒険者を志す者として、良い技の1つや2つ——目を丸くして観察しなさいよ!!
ちょっと剣の鞘でぶっ叩いてやろうかしら!? って思ったのだけれど……
——ガボォオオオーーーン!!!!
彼が、黒い魔球で的にしていた鎧に穴を開けた瞬間には、そんな気は一瞬にして霧散してしまった。
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