第22話 令嬢の憂いの種2
彼の放った黒球は、鎧の胴に魔球の円に沿って丸く穴を開けた。後から確認したのだけれど……繰り抜いた断面には罅が一切入っていなかった。艶のある光沢からして、鎧の金属を溶かしてしまったかのようだった。
『ねぇ〜そこの、あなた?』
『……ん? なんだよ……て——ッ!? あ、アイリス様!?』
授業の最中、1人の一般科の生徒を捕まえる。
『1つ聞きたいことがあるのだけれど……』
『えっと……な、なんでしょう? 俺にわかることなら、こ、答えますが……』
『あの鎧に穴を開けた生徒……名前は分かる?』
『えっと……た、確か、“うぃりあ”? とかだったと……』
『ふぅ〜〜ん。……あなた、彼の友達?』
『いいえ。話したこともありません。前に座学で、先生から褒められていたので……その時聞いた名前を覚えてました』
『……そう。……ウィリア……ね』
この時、黒球を放った男の名前を知る。
ウィリア——それが、おかしな力を使う不思議な青年の正体。
なんだろう。あの男は——
彼は、あの一撃をたまたまだと言っていた。
『——オイ! 貴様! 調子に乗るモンじゃないぞ田舎者がぁあ!!』
授業の後にアルフレッドに絡まれてたのを盗み聞きしたのよ。
『……直前のアルフレッド様、アイリス様の魔法が鎧にダメージを蓄積してたのでしょう。僕如きの魔法では、壊れるはずありませんから』
そんなはずないでしょう。あの壊れた跡をみれば誰だって気づくはずよ。魔球が原因だってね。それで騙せるとでも思ってるの? 馬鹿なのかしら?
『ふむ—— 一理あるな』
あら? もう1人馬鹿がいたわ。ほんと、この男は何のために眼球をつけてるのかしら? どうやら腐りおちているようね。
って……ん? あれ?
あの男……ウィリアと目があってしまった。
『貴様……さっきから何を見ている……ん? おぉ〜〜アイリスじゃないか!』
あッ〜〜もう!! 余計なのに見つかった! 本当に腹立たしい!!
あなたの目は余計な時に能力を発揮するの?
——ッ何なのよぉお!!!!
——翌日——
本格的な実習が始まった。
本日の授業はツーマンセルで夢境に入る。
ふふふ……ちょうどいいわね♪
『教諭。ちょっといいだろうか?』
『……はい? なんでしょう。アイリスさん?』
普通は貴族科と一般科は分けて組まされるのだけれど、無理言ってあの男——ウィリアと組ませてもらった。
夢境の中なら2人きり……これで心置きなく拷問……ゴホン……尋問? まぁなんでもいいわ。
何はともあれ、ウィリアから彼の魔法の秘密を聞き出してみせるわ。
——あぁああ!! もう!!!!
本当に腹立たしい。なんなのあの男!!
秘密を聞き出そうとしたら、惚けた顔でシラを切るし——そうこうしてるうちに次の組みが来ちゃったじゃないの!
それでも、戦ってる姿を見れば少しは何かを知れるかと思ったら……アイツ、何してたと思う?
スライムと遊んでたのよ!!
ポヨポヨ〜〜ポヨポヨ〜〜と——スライムと組んず解れつ〜〜と——一体何がしたいの! 秘密以前に、常識を疑ってしまうわ!
馬鹿なの? 馬鹿なのね!? よぉ〜〜く分かったわ!!
『ポヨヨ〜〜ン! ポヨ〜〜ン!(ウッヒョ〜ウ! 女の子ぉ〜〜!)』
邪魔よ! 死になさい!! スライム!!!!
『——ポヤァアアア!!(あんまりだァァアア!!)』
飛びつくスライムを切り伏せ、私はウィリアの元に向かったわ。
相変わらず、腑抜けた顔でスライムの弾力チェックに明け暮れてた。もう我慢できなくなって、抱えたスライムを引き抜いて目の前で切り伏せてやったわ。
そうしたら、首を傾げて私を見つめ返した。この時の疑問を内包してるであろう彼の顔は——私の中の怒りを刺激するのは十分だった。
だから……
『受け取りなさい』
私は自身の剣の柄をウィリアムに突き出して【決闘】を申し込んでいたの。
でも、後悔はしてない。
だって、ちょうどいいじゃない。
私の野望のために……あなたは私のモノにしてあげる。
「はぁぁ〜〜お嬢様。あなたは一体何をなさっているのですか?」
「あら? ティスリは反対だった?」
自室に戻って今日あったことを侍女のティスリに話した。そしたら、ため息つかれちゃった。あらやだ。私、公爵家の令嬢なのだけれど……失礼な侍女だこと? だけど、大好きなティスリだから特別に許してあげる。
「反対……というよりは呆れています。他の貴族に決闘を申し込むのはまだしも、一般科生徒に決闘を申し込んでどうしたのですか?」
「ふふふ……これは大切なことよ。私の野望のためにもね♪」
「また、それですか。旦那様には反対されてましたよね?」
「あら? ティスリは私がお父様に止められたぐらいで野望を諦めるとでも思って?」
「……思いませんね。天地が例えひっくり返ったとしてもありえません」
「さすがティスリ! 分かってるじゃない♪」
私は、ブレザーを脱がせようとするティスリを手で静止しつつ会話を続ける。
「決闘はこの後すぐなの」
「こ、この後!?」
「もう時期出るわ。行くわよ!」
「行くわよ……って……え? わ、私も行くの?? お、お嬢様? な、何を言って……??」
「あなたには見届け人となってもらうわ。事は内密の決闘ですから。都合のいい立会人が必要なの」
「あの……私の都合は……?」
「あ! 他の立会人は、たまたま居合わせた同級生に頼んでおいたの。問題ないから心配しないで」
「そんなこと心配してません。それよりもお嬢様の未来が不安です」
「まぁ〜そう言わずに……今度、大きなケーキを食べさせてあげるから♪」
「大きなケーキが好きなのはお嬢様です。い……いただきますけど……」
「そ♪ じゃあ、行くわよ」
「……はい。お嬢様。仰せの通りに」
さて、心置きなくケーキを食べるためにも腹立たしい男は片付けてしまいましょう。あの生意気な顔をシャキッとさせてやるんだから!
「——ほう。逃げずに来たのね。臆病者ではなかったようね」
「……来たくはなかったんですけどね。あの2人が無理やり連れてくるもんだから……」
このウィリアとかいう男に腹が立つのは本当だけれど。彼の力は一応、認めてはいるのよ?
初授業で見せた黒球は見たことも聞いたこともないのよ……そもそも『影』の魔力が、魔球を形成するって記述はどこにも存在しないの。もしかしたら、彼の魔法には秘密がある。もしくは突然変異。理由がなんであれ、私が強くなるための秘密は彼が抱えているのは間違いないと確信した。それは、鎧が壊された瞬間に感じたことよ。
だから、私はこの男を決闘で負かして、私のモノにする。
「では、勝者への見返りだけれど、私が勝ったら、ウィリア……あなたは私のモノ。従順な犬になってもらうわ。もし仮に私が負けることがあれば……そうね。あなたの奴隷にでもなってあげましょうか? 私とあなたとでは価値が不釣り合いなのだけれど、寛容な私がこのルールを認めてあげる」
まぁ……私が負ける事はありえないでしょうね。あの黒球は脅威だけれど、あの速さなら簡単に避けられる。彼の今の太刀筋を見てみても、素人もいいところ……どころかやる気すら感じない。これなら楽勝ね。
さて、私の憂の種をこの決闘で切り払ってみせましょう。
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