第20話 予期せぬ決闘の成立

 その後——



 案の定、通路を奥へ進むと広場に出た。すると、そこには毎度お馴染みのモンスター『スライム』の群れ、計16匹の出現だ。

 夢境では、中に足を踏み入れた人数で出現するモンスターが増えたり強化されたりする。で、スライムの場合は純粋にその数——1人に対して4匹のお出迎えである。


 それと……


 今回のダンジョンアタックで1つ新しい発見があった。



『——ポヨヨン!(オラ! 喰らえ!)』

「——ック!? コイツ!」


『——ポヨポヨ!(キャッホー! 女の子だぁあ!)』

「——いやぁ~! 気持ち悪い!」



 僕以外の3人に対して、攻撃を仕掛けたのだ。


 僕に対しては無視を決め込んでいたのにだ。

 おそらく、これも神器の有無——もしくは魔力量の違いによるものだろうか? 面白い事を知ったな。

 モブ1号、モブ2号の2人は、剣と槍を振り回して四苦八苦だ。しかし、安心するといい。スライムのポヨポヨな一撃なんて、大したダメージになんてならない。なんなら、小さな子供にだって簡単に倒すことができる。モブ生徒達が危機に訪れることはないのだ。


 それと……


 先ほどから、モブ1号、モブ2号と同級生を変な呼び方をしているが……これではまるで自分自身が物語の主人公にでもなったかのような言い回しだよね。

 だが、僕は決して痛々しい人物ではないよ?

 どの口が——!? って言いたいのは分かるが……ッチッチッチ! 分かってないのはあなただよ! そこの君!!

 いいかい——人生ってのは、誰もが自分自身を主人公に置き換えたドキュメンタリー物語なのだよ! 

 だから、僕にとってどうでもいいような人物は舞台上のモブに他ならないのだ。逆に言えば……僕にとってのモブ1号、モブ2号であっても、彼らからしてみれば、公爵令嬢にダンジョン内で暴行を受けた哀れなモブ1号こそが僕なのかもしれない。

 結局、人間ってやつは、そうやって大切なモノと、そうでないモノの線引きをする。

 彼らはただ……僕の物語の重要人物に昇華してないだけなんだ。

 いつか、その境界線を越える機会を迎えたのなら、僕は改めて彼らから名を聞き、僕の記憶台本にその名を綴ろうと約束しよう。


 その時が訪れるかは彼ら次第——これを人々は関係構築と言うのだ。


 分かったかい? スライム君?



『——プ? プキャキャ!?(——は? それを僕に話してなんになると?)』



 と、僕は一体誰に話してるのやら……



『——ポヨヨ〜……(変な人間だ……)』



 まぁ、それはさておき……僕ことモブ1号に暴行を働いた令嬢はと言うと……



「——ッハァア!!」

『——ピギャァア!(エクセレント!)』



 火炎の一太刀を見た時からそうだが、やはり彼女の技量はなかなかのものだ。今は魔力の類を一切使用していないが、見事にスライムを斬り伏せている。今ので6体目だ。これでは僕の出番はないな。


 ん? この間、僕は何をしてるのかって?


 そんなの見学に決まってるじゃん。

 僕の能力を披露するわけにはいかないからね。

 彼女には、これ以上力の片鱗を見せると、絶対怪しまれるし、次は簡単になんか解放してくれなさそうだし。決してスライム討伐には参加しない。魔石さえ回収できれば僕はどうだっていいからね。


 そして……



『……ポヨヨン?!(どうでもいいが、さっさと離してくれよぉお?!)』



 今は、1匹のスライムを捕まえて、その弾力に癒されてるところさ。意外と気持ちいいんだこれが……モブ2号よ。気持ち悪いとは、スライム君に対して心外だな。今すぐ悔い改めるべきだと思う。



『——ポヨン!(お前は僕をなんだと思ってるんだ! お前が悔い改めろ!!)』



 うん。スライム君もほんのり弾力を返してくるのは喜びの表れだな。可愛い奴め。

 さて、もうしばらくこの感触を満喫して……



「……ねぇ?」



 と、思ってたら……



『——ポヨ!?(うわ!?)』



 僕の抱えるスライム君がいきなり引ったくられた。


 まったく、誰だよ……って——



『——ピギャア!!(ギャア!)』



 僕の目の前で、スライム君が真っ二つにされ、彼はたちまち蒸発してしまった。


 で……


 そこには、怖い表情のアイリス嬢の姿が……



「あなた……ふざけているの?」



 気づくと、僕が抱えていたスライムは最後の1匹だったようだ。他のスライムの姿が見当たらなくなっている。奥には項垂れるモブ1号、モブ2号の姿もある。本当にご苦労様だな。



「お疲れ様です。アイリス様——終わったのなら、今魔石だけ回収しちゃいますね」


「——は? 何を言ってるの? ふざけてるのかって聞いてるのだけど? 何もせずに傍観するとは良いご身分ね。あなた……」


「……え?」



 ——ん? 何怒ってるんだ。この人? 

 

 別に僕が参加しなくても、あなたがほぼ倒しちゃうでしょうに……何を文句があると言うのだろうか?



「いえ……僕が参加したところで、大した助けにはならないかと……」


「そう……あくまで力を見せないつもりなの?」



 はい? 確かに力は見せたくないけど、僕の能力の何に期待してるんだ? 全く理解できないんだが……


 と、その時——



「はぁぁ……こうなったら……」


「……ん?」



 アイリスは、ため息1つつくと、自身の持つ刀剣の柄を僕の方へと向けた。



「えっとぉ〜〜……」


「受け取りなさい」


「……え? あ、はい……」



 なんか知らんが、僕は言われた通りに突き出された剣の柄を握り、引き抜いた。拒否すると次は何をされるか分かったものじゃないからな。ここは潔く従うことにしよう。

 すると、青々とした刃が僕の目の前に現れる。青くあっても、波紋はしっかりと刻まれ、近くで観察するとその青白い金属光沢の美しさに気づける。ひとえにそう感じ入った。



「では成立ね」


「……え?! 何が……」



 だがこの時——アイリスが一言、言葉を漏らすとニヤリと笑ったのだ。これはどういう意味だ。



「——おい! お前、正気かよ!」

「……え?! 何、モブイチ君?」

「モブイチ? 誰だそれ?」



 モブ1号——略してモブイチ。だって名前知らないんだもん。

 と、それはそうと——「お前正気かよ」ってなんのことだ?



「……もしかして、分かってない?」



 だから、なんのことだよ!? モブイチは何が言いたいんだ。



「自身の武器を相手に差し出して、剣を引き抜かせるのは——貴族の間では決闘の合図なんだぞ?」



 ……は?



「お前……今、それを受けたんだよ」



 嘘だ——なんだそれ!? ちょっと待て、どういうことだ!?



「ふふふ……勝負の内容だけど、一対一の真剣勝負。どちらかが戦闘不能、降参を認める、もしくは立会人が戦闘続行を不可能と判断するまで続けることよ♪」



 急いでアイリスを見てみると、彼女は屈託なく笑い、すかさず勝負の内容を捲し立てる。


 が……ちょっと、待て——


 僕は、剣を引き抜く一連の動作が決闘合図の慣わしだとは知らなかったんだ! それをこんな騙し打ちみたいな形で突きつけるとか、いくらなんでも横暴だ!

 これは、説明責任を怠ったということで、この決闘は無効……



「ちなみに、知らなかったはなしよ?」

「……え?!」

「この学園では、初期の頃から貴族について授業で習うでしょう?」



 アイリスの言う通りだった。


 ……いや、まぁ……確かにそんなのも習った気がするが……



「それに、決闘を拒否する行為は不敬罪にあたるからな」



 え!? そうなの!! どういうこと、モブイチ君!!



「決闘は貴族にとって誇りと名誉ある習わしだから……これを理由も無しに拒否することは、相手の尊厳を傷つけ面目を失わせる事になるんだ。貴族間なら、見返りを支払う事で、解決となるんだけど……君、一般市民だろ? だから、不敬罪に問われてもおかしくない」

「……は? 嘘だろ……」

「嘘じゃない。だから俺はさっき、正気かって聞いたんだよ……まったく」



 どうしてこうなった……



「いいこと。決闘の日時は今日の放課後。そうね……ここにしましょう。この場所なら多少暴れても問題ないはず。で、立会人が数人必要なんだけど……私の侍女を連れて来るわ。あとは……そこの2人!」


「「——ッ!? はい!」」


「あなた達も立会人として参加なさい。いいわね」


「あ、アイリス様が、お、おっしゃるなら……分かりました」

「……つ、謹んで、お、お受けします……」


「よろしい、では——」



 アイリスがこちらを向く。



「逃げ出すことは許さないから……覚悟しなさい♪」



 かくして、測らずして決闘が成立してしまった。



 さて……



 どうしよう! コレェええええ!!??



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る