第2話 事実は小説より奇なり

「ハァハァ……ぷッハァ——やっとついた……」



 僕は、あまりの真実に——気がつくと必死に駆け出していた。


 男に別れを告げるのもそっちのけ、丘の上に見えた大きな教会へと訪れた。背負った身体を覆い隠すほどの丸鞄を揺らし重さに億劫になりながらも汗水、鼻水タラタラで——息も絶え絶え、丘を登り切った。


 ——ん!? 学園?? 


 そんなのは後だな。あとあと。確かに僕の目的地は学園だが、閉門まで時間がある筈だ。ちょいと、女神様にお祈りを捧げてからでも遅くない。


 それ以前に——僕にはどうしても試してみなくちゃいけないことが……できてしまったのだ。


 ここ『ルア・シェイア大聖教会』は一般にも一部内部が公開されている。


 「これ絶対人力では開けられないだろ!?」と思ってやまない巨大な石扉を潜る。そこからの光景は、センターには金糸で刺繍の施された長い赤絨毯が引かれ、そのサイドには一定間隔で木製の長椅子が置かれている。正面の壁には教会のシンボルなのか光の精霊と月をイメージした天幕と、美しいステンドグラス。そして、その手前中央にはこれ見よがしに巨大な彫像が置かれていた。彫像は人の形を型取り、背中には天使の翼が生える。長い髪を見る限り、女性……つまり女神様が形彫られているのだ。今も、敬虔けいけんな信者の神父、神官、一般ピーポー達が膝をつき祈りを捧げていた。


 そして——


 僕が教会を訪れた理由だが……


 ここは教会なんだ。理由云々の前にやることは一つと決まっている。僕も、あの献身的信徒の仲間に加わる為だ。


 とは言っても……僕は正直“神”なんて曖昧なものは信じていない。祈りを捧げるだけで、願いが叶い、幸せになれるのであれば喜んでそうするが、そんなのは己自身の采配と運に左右される。それに、女神様とあらせられる尊いお方が……わざわざ、ちっぽけな人間一人一人の願いを叶え、祝福なんてとてもしてられるとは思えないし、僕が仮に彼女の立場なら、ほくそ笑んで無視を決め込むだろう。



 願いとは——神なんぞに叶えてもらうものではない。己で叶えるものである。



 我ながらいい事言ったな。心のノートに明記しておこう。



 では、本題に戻ろうか——


 

 僕がここへきたのは女神様に祈りを捧げる為だ。センターの赤絨毯を踏む勇気がなかったので、左右を抜けて正面へと向かう。そして、女神様の彫像の前までくると片膝をつき、目の前で手を握り合わせる。初めは、どデカいカバンを背負い込んだ子供が入ってきたことに、周りの人間は奇妙なモノを見るような視線を向けた。だが、僕が祈り始めた途端。そいつらの懐疑的な表情は晴れて、各々の祈りへと戻っていく。突然現れた奇妙な子供は敬虔な信徒の1人として受け入れられたのだ。



(女神よ我に祝福を与え賜え)



 僕は心の中でそう念じた。心にもない事なのにだ。


 だが……


 大切なのは、これを3回唱える事——そして最後に……



(——神器開放……)



 と心で呟く。



 すると……



「——ッ!?」



 僕は今、目を閉じている筈だ。しかし、その瞼の裏では……



【神器開放】



 との文字が浮かび上がった。そして続けざま……



「——ッ!!??」



 身体の中で……暖かい何かが生まれたように、ゆっくりと渦巻き奔流するような感覚が生まれる。



「…………やっぱりか、あの物語は……本物?」



 これで僕は確信した。



 散々、母から読み聞かせてもらった。英雄、冒険者を描いた物語が事実を元にした逸話なんだということを——



 だが……



 だとするとだ。



 僕にとっては……あの城と一体化した、テッペンの見えない塔は『チュートリアルダンジョン』と呼ばれる建築物なのだ。決してラストダンジョン『光の迷宮アルフヘイム』ではない。どうもこれが腑に落ちなかった。


 まぁ、“事実は小説よりも奇なり”という言葉があるように、多少は脚色されてしまってる可能性だってある。


 にしても、いきなりラストダンジョンでは——あの大空に広がる無数のダンジョンを巡るスペクタクルを表現することは出来ないと思う。


 これだけが僕にとっては——嫌〜〜な現実を突きつけられたようで、幻滅してしまうよ。



「もし——そこの君……」


「……ッ!? ぼ、僕のことですか?」



 と、ここで僕は急に声をかけられる。目を開けるとそこには初老の神父が微笑むと共に僕を見つめている。

 周りをみれば、既に祈りを捧げていた人の姿はなく。


 祈りの時間はとうに終わりを迎えてしまっているようだった。



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