第13話

 ポロネイア王国の第1王子ルークは同じ事ばかり考えていた。


(本当にペトラは不貞行為を働いたのだろうか)


 たしかに自分の目で見た。

 謎の男と情熱的なキスを交わすペトラの姿を。

 声も、話し方も、完全にペトラだった。


 だからペトラとの婚約を破棄したのだ。

 勘違いのはずはない、という絶対的な自信があったから。

 だがその自信は、日が経つごとに弱まっていった。


 もしかしたら誰かの罠かもしれない。

 ペトラと自分の関係を引き裂く為の巧妙な罠。

 そんなことが可能なのか?


 ――可能だ。

 幻術を扱える魔導師なら造作もない。

 しかし、その可能性は限りなく低かった。


 ペトラの不貞行為を目撃した場所のせいだ。

 王城の敷地内である。

 強烈な結界魔法に覆われた最も厳重な場所。

 並大抵の使い手だと魔法を発動することすら出来ない。

 仮に使えたとしても、たいていの場合は即座に結界が検知する。


 王城の結界を解くことは国王でも不可能。

 だから、王城で幻術を使うなら、よほどの使い手が必要になる。

 魔導師ではなく、賢者と呼ばれる程の存在でなければならない。


 だが、賢者と呼ばれる人間は、世俗に興味を持たない。

 誰が誰と結婚したとか、誰が国王になったとか、まるで気にしない。

 ルークやペトラを陥れる意味がなかった。


 幻術の可能性はある。

 たしかにあるが、それは限りなく0に近い確率だ。

 実質的には0パーセントである、と言っても過言ではない。


 だからこその婚約破棄だ。

 それでも、ルークは引っかかっていた。

 引っかかる理由は、直感以外にもある。


 ペトラとキスしていた男が見つからないことだ。

 どれだけ探しても、男の所在は掴めなかった。


 男が何者であるかも分かっていない。

 どこの生まれで、どうやって育ち、ペトラとどう知り合ったのか。

 不明なことだらけだった。


 ルークとペトラは、殆どの時間を一緒に過ごしてきた。

 そして、一緒にいない時のことは、いつも報告しあっていた。

 ペトラの話に、不貞相手と思しき男が現れたことは一度もない。


 また、ペトラは公爵令嬢なので、常に護衛の騎士が傍にいる。

 騎士の目が光る中で不貞行為を働くのはとてつもなく困難だ。


 男のことだけではない。

 ペトラの行動についても、ルークは気になっていた。


(不貞行為を働くとしても、城内の目立つ場所でするか?)


 ルークが知るペトラは、実に聡明な女だ。

 仮に不貞行為を働くにしても、バレないようにするだろう。

 万が一にも見られる可能性がある場所では行わない。


 しかし、あの日の夜、ペトラは堂々とキスをしていた。

 夜間警備の騎士が通るような場所で。

 まるで見てもらいたくてしているかのようだった。

 これはペトラらしくない行動だ。


 ただ、城内で不貞行為を働いたこと自体は納得できる。

 騎士の目を掻い潜って王城から出るのが困難だからだ。

 となれば、城内のどこかで不貞行為を働く必要がある。


 どう考えてもペトラは不貞行為を働いていた。

 そう思う一方、あれは誰かの罠だったのではないかとも思う。


(ペトラに自白させておけばよかったな……)


 魔法を使うことで強制的に自白させることができる。

 その魔法をペトラに使えば、真実を聞き出すことが可能だ。

 彼女の意思に関係なく、質問に対して真実のみを答えるのだから。


 しかし、この魔法には欠陥がある。

 まずは魔法の性質上、人体に対する影響が強すぎること。

 脳に重大な損傷を残す危険があった。


 他にも、この魔法をすり抜ける技が存在している。

 記憶にないことは、仮に真実であっても自白できない。

 ペトラが魔法で操られて不貞行為を働いた場合がそうだ。

 その場合、ペトラは自身の記憶がない間に過ちを犯している。

 よって、自白させても知らぬ存ぜぬといった回答をしてしまう。


 強制的に自白させる魔法は、リスクとリターンの収支が合っていない。

 だから、基本的にこの魔法が使われることはなかった。

 特に今回のような、誰の目にも不貞行為が明らかな場合は尚更だ。


(きっとペトラに対する未練がまだあるのだ。だからこうして、自分にとって都合がいい方向に考えてしまうに違いない。常識的に考えたらありえないだろ。ペトラが不貞行為を働いていたことは絶対に確実の揺るぎない真実だ)


 どれだけそう言い聞かせていても、ルークの気が晴れることはなかった。


「そういえば、ペトラは今どうしているのだろう……」


 そして気になる。

 国外追放となり、ポナンザ家から除籍されたペトラの現状が。


「誰か、誰かおらぬか」


 ルークが呼び鈴を鳴らすと、騎士が駆けつけてきた。


「いかがなされましたか? ルーク様」


「至急、バーランド王国に行って調べてほしいことがある――」

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