第14話
「なんですって!」
ニーナは伯爵邸の自室にて声を荒らげた。
彼女に状況を報告した兵士は、大慌てでその場に屈む。
彼女が手に花瓶を持っているからだ。
ここ最近は、毎日、八つ当たりで壁に投げつけて割っている。
花瓶だけではない。
ありとあらゆる物に八つ当たりしていた。
花瓶を割り、カーテンを引き裂き、手当たり次第に蹴飛ばす。
ニーナが苛立つ理由はルークだ。
ペトラが消えて日が経つのに、彼は未だにペトラのことを考えている。
話しかけても心ここにあらずで、顔だって見てはくれない。
先日なんて、自分のことを「ペトラ」と間違えて呼んだくらいだ。
それに対して大袈裟に「酷すぎる」と泣いたフリをして自宅に帰った。
だが、ルークは謝罪の手紙を寄越すだけで、会いにくることはなかった。
いつまで経ってもペトラを忘れないルークに腹が立つ。
それと同じくらい、いや、それ以上に、ペトラにも腹が立った。
あの女さえいなければ、こんな惨めな気持ちになることはなかったのに。
「ペトラめ、クライス・アレサンドロに頼るとは……。やはり繋がっていたんじゃないの。なんと穢らわしい女!」
ニーナは、ずっとペトラの動向を探っていた。
ルークよりも遥かに前から動き出していたのだ。
ルークが動いたのは、ペトラがクライスと会った日。
一方、ニーナは、ペトラが国外追放になった日から動いていた。
だから彼女は、ペトラがポンドの養女になったことも知っている。
しかしニーナは、今までペトラに対して何も手を出していない。
魔物用の餌を販売する業者が契約を打ち切ったのも彼女のせいではない。
そもそも、隣国の業者に手を出せるほどの力は持ち合わせていない。
また、仮に何か出来るとしても、ニーナは何もする気がなかった。
ペトラを潰したとしたところでルークが変わることはないから。
最終目標はルークとくっつくことであり、ペトラなんてどうでもいい。
ルークと上手くいけば、ペトラがどれだけ成功しようとも鼻で笑える。
そういった思いから、不用意にリスクを冒すようなことはしなかった。
ニーナ・パピクルスは嫉妬深くて思慮深い。
とはいえ、傾いていた魔物牧場を立て直したことは気にくわない。
兵士の報告によると、デミグラスソース味の牛乳を編み出したらしい。
もっと具体的に言うと、クライスが作るデミグラスソースの味だ。
ニーナは知っている。
ペトラがクライスからソースの作り方を教わったことを。
クライスが此処で支店をプレオープンした時、彼女も参加していたのだ。
デミグラスソースのかかった料理を褒めちぎるルークの顔も見ていた。
それを見たペトラが、密かにクライスからレシピを教わったのも見ていた。
あの時、クライスはペトラに対してのみ、明らかに反応が違っていた。
それに、堂々と「俺の女になってくれ」と執拗にアタックしていた。
(クライスの恋愛感情を利用するなんて、やはりペトラは汚い女ね)
ニーナは頭を抱える。
「でも、どうすればいいの……」
ペトラを潰したところで気分はスカッとしない。
それに今さらペトラを潰すことは困難だ。
ルークがペトラの現状を知るのも時間の問題だろう。
ペトラの評判はいずれポロネイア王国まで広まるに違いない。
「私は何がしたい? 考えろニーナ、考えろ」
大きく深呼吸して考える。
最終的に求めているのは、ルークを自分に振り向かせること。
もはや普通にアタックしていても、彼の気が変わることはないだろう。
普通ではだめだ。
「そうか!」
ニーナは閃いた。
自分がペトラを凌駕すればいいのだ。
全てにおいてペトラを上回ればいい。
格の差を見せつければ、ルークの気も変わるはずだ。
そう考えると、今すべきことは一つ。
ニーナは伯爵である父の執務室へ行く。
そして、執務室に入った瞬間、声を大にして言った。
「お父様、私、魔物牧場を経営します!」
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