第11話

 バーランド王国発の名門料理店〈アレサンドロ〉。

 斬新であり上品、それでいて美味しいをモットーとする名店中の名店。約十年前にココイロタウンで開業し、今ではポロネイア王国とバーランド王国の王都に支店を持つ。本店の料理長であり創業者でもあるクライス・アレサンドロは、料理に対する厳格な姿勢と奇抜な容姿で名を馳せている。


 そこにペトラがやってきた。

 ココイロタウンにある〈アレサンドロ〉の本店に単身で。


 ――クライスに売り込む。

 それがペトラの秘策にして最後の策だ。

 常に斬新さを求めているクライスならば、純白のデミグラスソースを気に入るに違いない。


 ただしこの策は、ペトラにとって苦肉の策とも言えた。

 彼女とクライスは面識があるからだ。

 クライスがポロネイア王国に出店した際、プレオープンで顔を合わせている。

 その為、出来ればクライスとは会いたくない、と彼女は考えていた。

 だが他に頼れる宛てはない。

 面倒ごとにならないよう祈るしかなかった。


「準備中にすみません、クライス・アレサンドロ様はおられますか?」


 店の扉をノックするペトラ。

 すると、中から若くて爽やかな青年が出てきた。

 この男こそクライス・アレサンドロ――ではない。

 ただの見習いだ。


「すみません、店長は今、仕込みに必死ですので……」


「つまり居るのですね?」


「はい、居るには居ますが」


 クライスが居ると知り、ペトラはホッと一安心。

 彼はしばしば支店へ行っている為、常に居るとは限らないのだ。

 むしろ最近では居ない時のほうが多い。


「では、『デミグラスソースの女が来た』とお伝え下さい」


「デ、デミグラスソースの女?」


 見習いの青年が驚く。

 ペトラは変わらぬ表情で「はい」と頷いた。


「そう伝えて頂ければ分かるかと」


「かしこまりました。少々お待ち下さいませ」


 見習いが店内へ消えていく。

 閉ざされた扉の前で、ペトラは馬を撫でながら待機する。


 ほどなくして、店から三十路の男が現れた。

 虹色のドレッドヘアをした強面の男――彼こそがクライス・アレサンドロだ。


「おいおいおい、こいつはいったいどんな冗談だ!?」


 クライスはペトラを見て声を荒らげる。

 その反応だけで、ペトラは確信した。

 クライスは自分のことを覚えている、と。


「あの有名なペトラ……えーっと、ペトラ……ペトラなんとかじゃねぇか! えらく貧乏くさい格好になってどうしたぁ!? お忍びかぁ!? それともついに家を追い出されちまったかぁ!?」


 クライスは満面な笑みを浮かべ、ペトラに力強いハグをする。


「クライスさんが嬉しそうにしているだと……!?」


「仕込み中の来客なのに……!」


「あんな表情、見たことねぇ……!」


「何者なんだ、あの女……!」


 店内では、従業員達が驚愕していた。

 普段のクライスは、もっと寡黙でピリピリしているのだ。

 これはペトラと一緒の時にしか見せない顔である。


「えっと、クライス様、人の少ないところでお話しても……?」


「おいおいおい! ようやく俺様の魅力に分かったかぁ! やっぱあの暗い黒髪小僧よりも大人の魅力溢れるこの虹色ヘアーの男だよな!」


「そ、そういう話ではないのですが……とにかく、よろしいですか?」


 クライスの勢いに圧倒されっぱなしのペトラ。

 苦笑いを浮かべつつも、心の中では安堵していた。

 前に会った時とまるで変わっていないな、と。


「いいぜ――おい、誰でもいいから俺の後を引き継げ!」


「「「「自分がやります!」」」」


 従業員達が我先にと厨房へ消えていく。

 クライスはソースで汚れたエプロンを脱ぎ、ホールスタッフに渡す。


「それでは行こうか、マイハニーペトラ」


「で、ですから、マイハニーじゃありませんって」


「そう照れるなよ」


「だから違うんですって。もう、とにかく行きますよ」


「はいよ」


 ペトラが馬の手綱を引いて歩きだす。

 クライスは静かに、そして嬉しそうに、その隣を歩いた。

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