第10話

 不安しかない翌日がやってきた。

 ペトラはいつもの如く早朝に起きて、家畜の世話を行う。


 まずは魔鶏からだ。

 鶏舎で採卵し、それを牧場内の加工場にある鶏卵機へ放り込む。

 魔力を動力源とするこの機械は、鶏卵の出荷に必要な作業を自動で行う。

 洗浄、乾燥、検査、サイズ分け、それから箱詰め。


 次に魔牛だ。

 昨日と同じ餌――牧草のデミグラスソース掛けを与える。

 その後に採乳を行い、それで得た生乳を加工場の牛乳機に放り込む。

 鶏卵機と同じく、こちらも待っていれば自動で牛乳が完成する。


「見た目は普通ね……」


 新たに出来上がった牛乳を見て呟くペトラ。

 ごくごく一般的な牛乳と同じで、綺麗な純白の液体だ。

 もっと強烈な物が出てくると思っていただけに安堵した。


「あとは味ね……」


 ペトラは牛乳を口に含む。

 次の瞬間、彼女は盛大に吐いた。


「なにこれ!? なんなのよこの味!」


 味に対する感想は、「奇想天外」に尽きた。

 不味くもなければ美味しくもなかったのだ。

 牛乳ではない別物の味をしていた。


「デミグラスソースじゃん!」


 見た目は牛乳なのに、味はデミグラスソースだったのだ。

 だからペトラは吐いた。

 想像していたいかなる味とも違っていたから。


「これも、これも、これも、全部デミグラスソースじゃん!」


 他の魔牛から採った牛乳も同じ味だった。

 たしかに昨夜は同じ餌を与えたが、朝や昼は別々の野菜を与えている。

 それなのに、出来上がった牛乳の味には大差なかった。

 限界まで感覚を研ぎ澄ませてようやく分かる程度の微かな差だ。


「牛乳の見た目をしたデミグラスソースってなんなのよ!」


 流石にこれでは売り物にならない。

 卸売業者ですら「駄目だよ」と首を横に振るだろう。


「自分で消費するか……」


 味は完全にデミグラスソースだから使い道はある。

 一般的なデミグラスソースと同じ要領で使えばいいのだ。


 さっそく試して観ることにした。

 ペトラは昨夜の残り物であるハンバーグにこの牛乳をぶっかける。

 そしてそれを食べてみたところ――。


「やっぱり美味しい……!」


 ――デミグラスソースとして代用できることが分かった。

 熱しても牛乳特有のえぐみのある香りが漂うことはない。

 むしろ、デミグラスソースの芳醇な香りが漂うくらいだ。


「ここまでデミグラスソースだと――あっ!」


 ペトラは閃いた。

 この牛乳をソースとして売れないだろうか、と。


 牛乳として売りに出しても、間違いなく誰も買わない。

 だが、デミグラスソースとしてなら通用する可能性はある。


 しかも、普通のデミグラスソースより遥かに製造費が安い。

 なにせ採乳量は、牧草に掛けたソースの1000倍以上にのぼるのだ。


「これだけのデミグラスソースを自分だけで消費するのは困難だし、腐らせて破棄するくらいなら一か八かで売ってみるしかない!」


 ペトラはソース味の牛乳を卸売業者の所へ持っていくことにした。


 ◇


「すごい! 真っ白なデミグラスソースなんて初めてだ! 見た目は牛乳っぽいけど……どうなっているんだ!?」


「それは内緒です♪ 秘伝のレシピなので♪」


 ソース味の牛乳を舐めた卸売業者の反応は悪くなかった。

 ――が、ペトラが思っていた程でもなかった。


「たしかにデミグラスソースの味がするけど、こういう変わり種は売りにくいんだよなぁ。買い取るにしても、まずは様子見でごく少量になると思う。いきなりこれだけの量を買うってのは難しいかな」


 卸売業者にとって、最も避けたいのが在庫を腐らせること。

 腐ったら無価値になる上に、売れるまでは倉庫のスペースを圧迫する。

 売れ筋の読めないソース味の牛乳なんて買いたくないのが本音だ。

 それでも少量ならいいよと言うのは、業者なりの配慮である。

 厳しいけれど、それが現実だった。


「なるほど、売りにくいのが問題ですか」


 ペトラは気にしていなかった。

 業者がこういった反応を示すのは想定していたからだ。


「どうする? それでも売ってくれるかい?」


「いえ、他を当たってみます」


「ごめんよ。ポンドさんには世話になったから可能な限り力になってあげたいのだけど、ウチも商売だからさ」


「分かっています。気にしないで下さい。私もダメ元でしたので!」


 ペトラはソース味の牛乳を積んだ馬車に乗り、次の場所を目指す。


(箔を付けて売りやすくしないと駄目ってことなら……ここしかないわね)


 そうして彼女がやってきたのは――。

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