第9話

 餌の備蓄が底を尽いたことは、ペトラにとって災難と言える。

 だが、不幸中の幸いと言えることもあった。


 彼女の牧場で飼っている家畜が魔物ということだ。

 魔物は雑食だからなんだって食べる。

 肉、果物、野菜、魚、エトセトラ……。

 その為、家畜が飢餓で苦しむ可能性は皆無に等しかった。


 とはいえ、でたらめに餌をあげるのは御法度だ。

 畜産物の品質――つまり味は、餌によって大きく左右される。

 しかも効果が現れるのは、通常の動物と違ってぐなのだ。


 その点、〈魔物用の餌〉はコストパフォーマンスに優れていた。

 量が多い上に安価で、さらに畜産物の品質もそれなりである。

 著名な酪農家が使う独自ブレンドの餌ですらベースはこれだ。


「問題は魔牛の餌ね……」


 現在、ペトラの牧場では魔牛と魔鶏を飼っている。

 どちらも同じ餌を使っていたけれど、魔鶏については大して困らない。


 魔鶏の餌はキャベツで代用できるからだ

 魔物用の餌が開発される前まで、魔鶏にはキャベツを与えるのが定番だった。


 キャベツは魔物の餌に比べると割高である。

 しかしその分、採れる鶏卵の質が高まる傾向にあった。


 コストパフォーマンスで考えると、魔物用の餌よりも少し悪い程度。

 ペトラは魔鶏に好かれている為、キャベツでも収支はプラスになる。


 一方、魔牛の餌にキャベツは代用できない。

 魔牛とキャベツの相性は悪く、生乳の質が大きく下がるのだ。


 現状、魔牛に最適な餌は、魔物用の餌以外に存在しなかった。

 すると魔物用の餌が誕生するまで魔牛には何を与えていたのか?


 その答えは、何もない。

 魔牛を家畜として育てるようになったのは、魔物用の餌が誕生したからだ。

 魔鶏用に開発した餌がたまたま魔牛とも相性が良かった。


「魔牛は収入の要だし、どうにかしないとね……」


 ペトラの挑戦が始まった。


 ◇


「うーん、不味い……。今日も駄目かぁ」


 ペトラは色々な餌を試していた。

 牧場にいる8頭の魔牛に、それぞれ別々の餌を与える。

 レタス、トマト、ニンジン、ピーマン、ナスビ、エトセトラ……。


 同じ餌を2日間与えると、採乳した牛乳で味を確かめる。

 基本的な感想は「不味い」だが、不味さにも色々な種類がある。

 飲めない不味さの物から、濃度の問題で不味く感じる物まで。

 どの餌がどんな味かをノートにまとめ、特徴の把握に努めた。


 新たな餌を試す前には、3日間、牧草だけを与える。

 そうすることによって、生乳の味が無味無臭にリセットされるのだ。

 つまり、1週間で試せる餌の種類は1頭につき2種類。

 ペトラの牧場には8頭の魔牛がいるから計16種類が限界だ。


 これは非常に効率が悪い。

 餌は必ずしも単一の物とは限らないからだ。

 例えば、レタス2割にトマト8割の混合物、といった餌も試したい。

 しかし、混ぜる比率を変える場合も牧草でリセットする必要がある。

 週に16種類しか試せないと、単一の餌だけでも厳しかった。


 当然ながら牧場の経営は行き詰まっていた。

 それでも収支は微妙な赤字で収まっており、直ちに破綻する恐れはない。

 失敗作の牛乳も、二束三文ではあるけれど、一応はお金になっている。

 時には黒字になることもあるので、どうにかやりくりは出来ていた。


 とはいえ、状況が切迫していることに変わりない。

 平時でトントンの場合、暴風雨などの悪天候に見舞われると大赤字になる。

 緊急時に余裕でいられるよう、平時にはしっかり稼いでおきたい。


「このままじゃ餌が完成するのに何年もかかっちゃうよ。かといって、魔物用の餌と同じ物を自分で作ったら大赤字だし……あーもう!」


 キッチンで自分の夕食を作りながら、今後のことを憂えるペトラ。


「「「モォー!」」」


 そんな彼女の耳に、魔牛の怒声が飛び込んでくる。

 俺達の夕食を忘れているぞ、と言っているのだ。


「ああ、そうだった。あの子達のご飯を用意しないと」


 ペトラは調理を中断し、魔牛の餌となる野菜の用意に取りかかる。

 野菜の保管庫に着いた時、彼女は「あっ」と声を上げた。


「野菜の買い出し……忘れてた……」


 餌の試行錯誤に夢中で、肝心の野菜を買い忘れていたのだ。

 しかも、現在は夕方であり、今から大量の野菜を買うのは難しい。


「今日も牧草を……いや、それだとあの子達が怒るか」


 魔牛は牧草をそれほど好まない。

 与えられれば食べるけれど、露骨に嫌な顔をする。


「仕方ない、奥の手を使うか……」


 ペトラは自分のご飯を餌として食べさせることに決めた。

 だがそのまま与えると、魔牛にとっては量が少なすぎる。

 そこで彼女は、とんでもない奇策を用いることにした。


「ほーら、今日のご飯だよー! 美味しい美味しい牧草だよー!」


 彼女はキッチンでソースを作り、それを牧草に浸したのだ。

 牧草のデミグラスソース掛けという、前代未聞の料理だった。


(頼む……怒らないで……!)


 不安そうにペトラが見守る中、魔牛達は牧草を平らげていく。

 最初は不快感を露わにしていたが、次第に表情は柔らかくなった。

 最後には甘えるように鳴いておかわりを要求した。


「気に入ってくれたかぁ! よかったよかった! 牧草ならいくらでもあるからねー! じゃんじゃんお食べー! がんがんお食べー! 牛乳の味が酷くなっても知るものかー!」


 ペトラは半ばヤケクソだった。

 もはや明日の牛乳の味がどうなるか想像もつかない。

 今はただ、目の前の問題を解決するだけだった。


 ――この行動が、ペトラの人生を大きく変えることとなった。

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