第4話

 バーランド王国。

 ペトラの追放先であるこの国は、ポロネイア王国と同じく王位が世襲制だ。

 ただ、ポロネイア王国とは違い、昨今では民主主義の色合いを強めている。

 爵位持ちの大貴族よりも、実力で選ばれた大臣のほうが権力を持っている。


「これからどうすればいいのやら……」


 ペトラは現実主義だ。

 現状を嘆くことはあっても、過去に縋ることはない。

 突然の国外追放と絶縁には驚いたが、大して未練はなかった。

 ルークとの破局は悲しかったけれど、それも運命と受け入れている。


 ただ、途方に暮れていた。

 貴族社会の頂点に君臨する公爵家から一転して庶民になったのだ。

 いや、現状では庶民とすら言えない。庶民以下。底辺の中の底辺だ。

 現状を打破する術が分からなかった。


「ここが関所の兵士さんが言っていた集落ね……」


 とりあえず、ペトラは町に到着した。

 バーランド王国の中でも小規模な町〈ココイロタウン〉だ。


 それはペトラの知る集落とは大きく違っていた。

 足下に綺麗な石畳はなく、砂埃の舞う砂利道が広がっている。

 建物も白塗りされた石造りではなく、適当な木材で作られていた。


「可愛いねぇ」


「よかったら俺と酒でも飲まない?」


「どこから来たの? 彼氏とかいる?」


 立ち尽くすペトラに、男が入れ替わりで声を掛けてくる。

 しかし、連中はほどなくして去っていた。

 ペトラがあわあわして会話にならなかったからだ。

 脈がないと判断した。


 彼らの存在は、ペトラにいくばくかの安心感を与えた。

 今世における自分の容姿が秀でていることを再認識させたからだ。


(一般社会ならこの容姿は強烈な武器になるはず。前世は容姿が足を引っ張ってハードモードだったけど、今世ならこんな状況でもイージーモードにできるはず!)


 ペトラには前世の記憶がある。

 こことは違う別の世界で生きていた頃の記憶だ。


 前世のペトラは、容姿に強いコンプレックスを抱えていた。

 100人中100人がブサイクと断言する容姿だったのだ。

 化粧や整形でどうにかなるレベルではなかった。

 容姿のせいで虐められ、壮絶な人生を送ってきた。


 そんなペトラだからこそ、容姿の力を誰よりも知っている。

 顔が良ければ、余計なことを言わない限り、人生は上手くいく。

 自分の容姿を再認識したことで、ペトラに力が湧いてきた。


「すみません、私、ポロネイア王国から来ました。この町で暮らしていこうと考えているのですが――」


 ペトラは適当な人間を捕まえて尋ねる。

 女の敵は女ということもあり、彼女は男に尋ねた。

 優しさが顔から滲み出ている40代半ばの白髪男性だ。


「仕事は掲示板の求人を参考にして、あとは住民登録ですね。分かりました、ありがとうございます」


 男は丁寧に答えてくれて、ペトラの疑問は解決した。

 仕事の探し方も、この町や王国での過ごし方も、何もかも分かった。


「君、仕事と住む家を探しているんだよね?」


 その男がペトラに尋ねる。

 ペトラは素直に「そうです」と頷いた。


「では私の経営する魔物牧場で働かないかい? 妻に先立たれてからは1人で経営しているのだが、最近はあまり体調が良くなくてね。今から求人広告を出そうとしていたところなんだ。住み込みで働けば家を探す必要もないし、家賃だって払わなくていい。互いにとって良い話だと思うのだがどうだろう?」


 魔物牧場とは、その名の通り魔物を家畜として育てている牧場のこと。

 通常の牧場に比べて安定感に欠ける一方、短期間で結果を出しやすい。

 その為、一山当てようと魔物牧場を営む若者が一定数は存在していた。


「それは大変魅力的な話ですが……」


 ペトラにとって、男の申し出は渡りに船だった。

 引き受ければ仕事と住居の問題が同時に解決する。


 彼女が渋っているのは、牧場の人間がこの男だけだからだ。

 関所の一件で男性恐怖症に陥っていることから不安が強かった。

 ついていって襲われたらどうしよう。そんな思いが頭から離れない。


「駄目かい? 意欲的に見えたから期待していたのだが、まぁ仕方ないか。牧場の仕事は忙しい上に華がないし。今時の若者……それも君のような可愛い子には似つかわしくないよね。それじゃ、また縁があればどこかで」


「ごめんなさい」


「大丈夫。いい仕事が見つかることを祈っているよ」


 男はあっさりと引き下がった。

 ペトラに背を向けて、ゆっくりと歩いていく。


(やっぱり……!)


 男の後ろ姿を見ていて、ペトラは考えを改めた。

 この人ならきっと大丈夫。そう直感が囁いている。


「待って下さい!」


「ん?」


 振り返る男。


「働かせて下さい! 絶対に後悔させませんから、私を雇って下さい!」


 ペトラは深々と頭を下げた。

 男は柔らかな笑みを浮かべ、「ありがとう」と返す。


 精一杯の勇気を振り絞り、ペトラは新たな一歩を踏み出した。

 今はまだ小さな一歩だが、いずれは幸せなゴールに辿り着く一歩。


 ペトラは魔物牧場で働くこととなった。

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