第5話

 魔物牧場の経営者ポンド・カーペンタリアの下で働くことになったペトラ。


「これが……魔物牧場……!」


 ポンドの牧場に到着した時、ペトラは驚愕した。

 ポンドはペトラの顔を見て、すぐに心中を察する。


「想像していたよりもすっからかんでしょ?」


「そ、そんなことは……」


 あった。

 事実、ポンドの牧場には家畜が少ない。

 魔乳牛まにゆうぎゆうが数頭に採卵用の魔鶏まけいが数十羽いるだけだ。

 一般的な魔物牧場では、その十倍近い数を飼育している。


「ウチは量より質なんだ……と言えればいいのだけど、質も普通なんだよね。見ての通り牧場自体は広くて、先代や先々代が若い頃はこの牧場でも足りないくらいに魔物がいたそうだ」


 ポンドの牧場は衰退の一途を辿っていた。

 しかし、そんなことはペトラにとって関係ない。

 ここで必死に働くぞ――ペトラの気持ちはそれだけだった。


「簡単に施設を案内して、それから魔物の世話について教えるよ」


「はい、お願いします!」


 ◇


「これで以上だ。明日は手伝うけど、明後日からは任せていいかな?」


「分かりました! 任せて下さい! 精一杯がんばります!」


「助かるよ。さっき見たとおり、私は家畜から嫌われているんでね」


「そんなこと……ありましたね……」


「それじゃ、私は家に戻るから、君は自由にしていてくれ」


「はい!」


 ひとしきりの説明が終わると、ポンドは家の中に戻った。

 家は牧場の敷地内にある大きな館だ。

 ペトラに与えられた部屋も館の中にある。


「ポンドさん、いい人だなぁ」


 ペトラは魔牛にブラッシングしながらポンドのことを考える。

 説明は丁寧で、変なことをする気配もなく、雰囲気も柔らかい。

 顔色の悪さこそ気になったけれど、それ以外に問題はなかった。

 今のところ、此処で働く決断をしたのは正しかったと言える。

 ゆっくりとではあるが、男性恐怖症を克服しつつあった。


「ンモォー!」


「あっ、ここは嫌なのね。ごめんごめん」


「モホホォー♪」


「ふふっ、君はここが気持ちいいわけだ? 覚えたぞー!」


 魔物は普通の動物に比べて気性が荒い。

 ちょっとしたことで怒るし、怒ると襲ってくることもある。

 だが、ペトラは恐れなかった。


 彼女は動物が大好きなのだ。

 前世でも、そして今世でも、動物とよく触れあっていた。

 対人関係で上手くいかなかった前世では、動物だけが友達だった。


「ペトラ、ちょっといいかい?」


「あっ、ポンドさん、どうしました?」


 ペトラが魔鶏を高い高いしていると、ポンドがやってきた。


「住民登録に行こう。今のままだと、君は不法労働者になるからね」


「そうでした! すっかり忘れていました! 行きましょう!」


 バーランド王国では、他国の人間を働かせることが出来ない。

 その為、住民登録を行い、この国の国民になる必要があった。


 住民登録はすぐに済む。

 前世のペトラがいた世界と違い、国籍というものは存在していない。


 ◇


 役所にやってきたペトラとポンド。

 何も知らないペトラに代わって、ポンドが手続きを進めていく。

 ――が、ここで問題が発生した。


「ペトラ、そういえば君のファミリーネームは?」


「えっ」


「僕はポンド・カーペンタリアだから、カーペンタリアがファミリーネームになる。住民登録を行うにはファミリーネームが必要なんだ。君は見た感じ奴隷ではないから、ファミリーネームがあるはず。それを教えてくれないか?」


 ペトラは返答に窮した。

 彼女のファミリーネームはポナンザだ。

 素直に名乗ってしまうと、公爵家の人間だとバレる。

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