第17話

「ゆうくん」


 朝、教室について、バックから教科書を取りだしているときのことだった。


 声のした方を見ると、女の子が立っていた。


「あおちゃん、おはよう」


「うん、おはようございます」


 そう言ってちいさく頭をさげたあおちゃんは、となりの席にすわった。


 そう、あおちゃんは戻ってきた。戻ってきたのはあおちゃんだけではない。そのほかのいなくなっていた子どもたちも。


 何人かはまだ行方不明なんだけど、とりあえず『小中学生連続行方不明事件』は、解決した。


 そのときのことは、一週間がすぎた今、思いだそうとしても、ほとんど思いだせない。


 気がつけば、すべては終わっていて、てんこさんはてんこちゃんに戻っていた。


 あの不気味な世界から、現実へ。


 見上げた空には星と月が輝いている、そんなあたりまえの現実へ帰ってきたんだ。






 目を覚ましたときにはもう、きれいなお姉さんはいなくなっていた。子どもっぽい女の子が、ぼくのことを心配そうに見下ろしていた。


 てんこちゃんだった。


「あれ……あの怪異は?」


「わらわが食った」


「食ったってどういうこと……」


 てんこちゃんは説明してくれなかった。ぽんぽんとお腹を叩いて、怪異にまつわる事件がおわったことを教えてくれた。


「もうあいつはいないのじゃ」


「じゃあ、みんなはっ。あおちゃんは!」


「まあまあ落ち着け。おぬしの友が生きておるのだとしたら――」


「生きてるよ!!」


「ああ、わかっておるわかっておるから」


 どうどう、とてんこちゃんがぼくのことを落ち着かせようと、頭をなでてくる。さっきのお姉さんならうれしかったからもしれないけれど、いまのてんこちゃんからされても何も感じない。


「なんじゃ、バカにしておるのか? こんなにもぷりちーなすがたをしているわらわを?」


 でもまあ、おちつけたような気はした。


「とにかく、話をつづけるぞ。生きておったら、勝手かってにこの世界から出てくるはずじゃ。怪異かいいが消え、この世界もまた消えるのじゃから」


「ケガとかしないよね?」


「この世界でケガをしてなければな。あとはこの世界から出た瞬間、事故にあう可能性もないわけではないが……これは行き止まりに出るはずだから、大丈夫であろう」


 とてんこちゃんは教えてくれたんだけど、やっぱり心配だった。あおちゃんの姿を見ていないからかも――ってすべて終わった後ならわかるんだけど、このときのぼくは、のどが渇いたときみたいに、あせっていた。


「本当に大丈夫なの」


「ああ、大丈夫じゃとも」


 胸をはって、てんこちゃんが言った。その反応が、なんだか気に食わなかった。


「……信用できない」


「あー、おぬしは友人のことをたいそう案じておるようじゃの?」


 からかうような口調で言葉が返ってくる。焦りはマックス、あとちょっとでてんこちゃんにつかみかかっていたかもしれない。


 でもその前に、てんこちゃんが言った。


「おぬしの友ならば、先ほど走っていたぞ?」


「え!? ほ、ホントに?」


「なんでうそをつかねばならぬのじゃ……。ああ、たぶんじゃが、あの家でサイダーを出してくれた女性にそっくりの子だったからの。おそらくあおちゃんとやらだろうさ」


「なんでおしえてくれなかったのさ!?」


「おぬしが突っ走ると思ったから」


 そうでなくとも突っ走っていったがの、とてんこちゃんが付けくわえた。


 ぼくはなにも言えなかった。まったくもってその通りだったから。


「わらわたちが怪異と戦ったから、あやつらは大丈夫じゃろう。あの世界にはあの怪異以外には存在しないようじゃし」


「それも神様の力でわかるの?」


「まあの」


 といって、てんこちゃんが歩きはじめたのをよく覚えている。


 それから、夜道を二人して歩いて、家に帰った。あおちゃんが本当に助かったのか心配ではあったんだけど、あんな怪物と対面して、ぼくは正直つかれていた。で、夜ご飯も食べずに、ベッドへばたんきゅー。


 気がつけば朝で、てんこちゃんはいなくなっていたんだ。

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