第15話

 音がした方を走っていくと、人影が見えた。


「おーい!」


 叫んだんだけど、返事はなかった。いやそれどころか、聞こえていたかもあやしい。人影は二人分あったけれど、必死ひっしに走っていたから。


 それに、なにかをとばしたような音がした。車と車がぶつかって、金属がぐちゃぐちゃになったみたいな。


 同時に、げるにおいがした。肉を焦がしすぎてしまったときのようなくささとともに、ガソリンのにおいもする。


「くるぞっ」


 てんこちゃんの言葉に、ぼくはむしろ、何が来るんだろうと思ってしまった。


 次の瞬間しゅんかん、ぼくたちと前方はるか先を走る人影のあいだに、巨大な影がすべりこんでくる。


 真っ黒な車だ。でも、あおちゃんのところでみた黒くてカッコいいスポーツカーとは違って、大きい。トラックみたいだけど、トラックよりかは小さかった。


 それが、ドリフトをし、一回転する。


 ギャギャギャ。


 アスファルトが切りさかれて、とけて、こげていく。


 鼻がねじまがりそうな悪臭あくしゅうが、黒いけむりとともにたちのぼった。


「な、なにあれ」


「あれが、この世界をつくった怪異、というわけか」


 けむりの中にいる黒い車、それをまじまじと見ていたぼくはハッと、気がついた。


 その車は、なんとなく見覚えがあった。よく金曜日に、家の近くを走っているあれだ。


「ゴミ収集車……?」


「そうだ。ゴミ収集車によって命を失った少年は、ゴミ収集車となって、子どもたちを襲ってるのじゃ!」


 そのゴミ収集車が、動きはじめる。ぼくたちの方ではなく、向こうの方へ。


 あの人影たちは、ゴミ収集車から逃げているのだ。怪異かいいの方も、あの人たちへロックオンしている。


「助けないとっ」


「じゃがどうやって追いつく!?」


「神様なんとかできないのっ」


「…………」


 できないらしい。いや、エネルギーを使ってしまうのだろうか。


 とにかく、このままだと怪異とあの人影を見失ってしまう。


「走ろうっ」


 ぼくたちはがむしゃらに走りはじめた。






 先を行くゴミ収集車もとい怪異は、だれもいないまちを破壊しながら進んでいく。


 後ろからだとわからないんだけど、まだ、人影は逃げつづけているらしい。怪異が追いかけ続けていることはたぶん、そういうことだと思う。


 でも、それも長くは続かないだろう。行方不明になっているのは、子どもだけ。その子どもたちが全員、ここへやってきているなら……。


 あおちゃんのことが頭をよぎった。


「……だ、大丈夫だよね」


 ぼくのつぶやいた言葉に、てんこちゃんはこたえない。


 真っ黒なけむりを吹きあげながら走るゴミ収集車を、ただただにらんでいた。


 あおちゃんは大丈夫だ、そうに違いない。どこかに隠れているさ。


 だったら、ぼくたちはあの怪異とやらをどうにかしないとだ。


 その怪異は、建物をぶっ壊しながら進んでいる割には、けっこうおそい。ぼくたちが走ってギリギリ追いかけられるほどの速さ。自転車ほどの速さもないんじゃないか。


「わざとじゃろうな」


「わ、わざと……? なんのために」


「相手をこわがらせるために、じゃ」


 てんこちゃんの言っていることが、よくわからなかったのは、走ってるからなんだろうか。


 とにかく。怪異が遅いおかげで、ゴミ収集車を見逃さずにすんでいる。


 でも、どこかで追いつかなきゃ、なにもできない。……なにかできるかは僕にもわからないんだけど、今は考えないことにする。


「どこかに自転車チャリでもあればいいのにっ!」


「それどころか、車さえないの」


「ちなみにてんこちゃんって運転できるの」


「できるわけなかろう、神様なめるな」


 聞いたぼくがバカだった。酸素をムダにしただけじゃん。


 ゴミ収集車が、右へと折れていく。その巨体が曲がるたびに、歩道へ乗り上げ、ブロックの塀がこなごなになる。これが現実だったら、大変なことになっていたに違いない。


 背筋に冷たいものが走る。


 あの逃げている子たちは、車に踏みつけられてしまうのではないか――。


 ううん、そんなことはさせない。


「まっすぐ行こう」


「いいのかっ!?」


「タイミングがよければ、先回りできるはず……」


 自信はなかった。でも、怪異が走っているのは、ぼくが知っているルート。


 ぼくがあおちゃんといっしょに学校へ――神谷木小学校へ通うときの道順そっくりだった。


 頭の中の地図で、確かめる。……うん、大丈夫。まっすぐいけば、ショートカットになるはず。


 てんこちゃんは、光の消えた信号機の真下で、ちょっと考えてたけど。


「わかった、おぬしを信じるのじゃ」






 ぼくのかよっている神谷木小学校は、神谷木川沿いにある。


 通学路はいろいろあって、ぼくが使っているのは、いままさに追いかけっこが行われている道路だ。


 でも実は、もっと早いルートがある。


 小学校のとなりにはちょっとした山がある。てんこちゃんがいた山ほどじゃない。もっと小さくて、竹が生えてなかったら、丘にしか見えないようなもの。


 その丘を突っ切るんだ。もちろん、本当はやっちゃいけない。丘っていっても、森みたいにうす暗いし、竹がめちゃくちゃ生えている。

 石もゴロゴロしていて、不気味さだけなら、てんこちゃんがいた山とたいして変わらない。


「今、わらわのことをバカにしたか……?」


「ううんぜんぜんまったく」


 この丘をつっきったら、いい感じにショートカットできる気がする……んだけど、ちょっと不安になってきた。


 竹林は、血みたいに真っ赤な空のせいか気味の悪い黒におおわれていた。いつもと違う不気味さ、なにかがそこにいるのではないか、と思わせるようなオーラがあった。


 いまさら迷ったってしょうがない。ぼくは竹林の中へととびこんだ。


 ところで竹林を歩いたことはあるだろうか。とくに、ミントかってくらい生えている竹林。空が緑におおわれていて、息苦しい。それに、竹のせいで歩きづらい。まっすぐ歩けないんだ。


 今回は緑じゃなくて、赤黒いんだけど、なかなか進みづらいのは変わらない。


「間に合うのじゃかっ」


「いつもなら間に合うはず――」


 長いあいだ、竹林にいたような気がする。でも、丘は100メートルもない。異常いじょうな空気が、いつもと違う空が、ぼくたちの感覚をくるわせていたんだと思う。


 だから、目の前に見なれた道が出てきた時は、両手を上げて喜びたかった。


 人影の姿はないけど、道に出る。


「お、おい。様子を見てからの方がいいのじゃ」


 というてんこちゃんの声を、背中に聞きながら、ぼくは学校の方じゃない方を見る。


 なんでって、そっちからすごいエンジン音がしていたから。


 あの怪異が道の向こうからすがたをあらわそうとしていた。

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