第14話

 目を開けるとそこは、知らない街だった。


 いや、本当は神谷木市なんだろうけど、それにしては空が真っ赤だった。空が赤いから、世界そのものが赤く見える。


 建物も道も、草も木も……。


「うわっ」


 びっくりしたのもつかの間、となりに人の気配がした。みれば、てんこちゃんでぼくはほっと一息。


 でも、てんこちゃんは、仕事中のお父さんみたいにけわしい顔をしていた。


「ここどこなの」


「怪異の世界、生と死のはざま」


「なにそれ意味わかんない」


逢魔おうまが時とか黄昏たそがれ、あるいは『トワイライトゾーン』と言うじゃろ。そういうとき、ヒトは怪異やわらわの世界へと迷いこむ」


「それがこの世界ってこと……」


 てんこちゃんが頷いた。


「じゃあてんこちゃんもこんなまっかっかな世界に住んでるの?」


「なにをバカな。わらわが住んでいるのはもっとこう綺麗きれいでふわふわでじゃな」


 そこまで言ったところで、てんこちゃんは首をブルブル振った。


「今はそんな話をしている場合じゃない。探すのじゃろう、あおちゃんとやらを」


「そうだった。でもどこにいるんだろうね」


 この怪異の世界は、神谷木のまちとそんなに変わらない。たぶん、ふたごみたいにそっくりだ。でも、あおちゃんがいる場所なんてわからないや。


 こういうとき、スマホがあったらなあ。あおちゃんは持ってるから、連絡できたのに。


 スマホのことは、こんどお父さんに頼むとして……。


「どこにいると思う?」


「いや、わらわに聞かれてもの。おぬしの方が付き合いがあるのではないのか?」


「神様の不思議パワーでなんとか」


「だめだ。少しでも力をたくわえておきたいのだ」


「けち」


「ふんっなんとでも言うがいいのじゃ。そのかわり、おぬしがおそわれても助けてあげないからな」


 それは困るので、ぼくはなにも言わなかった。


 とりあえず、どこへ行くか。


 ちょっと考えて、あおちゃんの家に行くことに決めた。この世界が、本当の世界と似ているんだったら、あおちゃんの家もあるはずで、そこに本人もいるかもしれない。


 そう思って歩き出そうとしたとき、すさまじい音がしたんだ。






 なにかおおきなものどうしがぶつかり合ったような大きな音が、真っ赤な世界にとどろいた。


 その音は、あおちゃんの家の方からしていた。


 偶然だろうか。――いや、そうじゃないような気がして、ぼくは駆けだしていた。


「あっちょっと待つのじゃっ」


 背後からそんな声が聞こえてきたけれど、ぼくは止まれない。


 あおちゃんが危ないかもしれない。そう考えると、自然と体が動いていた。


 タナゴ公園から、あおちゃんちはそれほど遠くない。いつも以上に長く感じられる道。遠くの空にうかぶ真っ赤な太陽のせいで、距離感きょりかんがおかしいんだ。


 やっとたどりついたあおちゃんの家からはけむりがもくもく上がっていた。


「あおちゃん!」


 声をあげたが返事はない。


 煙にびっくりしたけれど、それは、のっぺりとした家から、というよりは家をさえぎるへいから上がっていた。


 塀には大きな穴がぽっかりと開いていた。大きさは、ぼくよりもずっと大きくて、重そうなものがぶつかったに違いない。真っ白だった塀は血のように石やら砂利やらをまきちらしている。


 でも、何もなかった。あおちゃんもいないし、ぶつかった犯人も。


 不気味なほど静かだ。


「あおちゃん……?」


 なんどか呼びかけてみたけれど、返事はなかった。


 そのうち、後ろの方で足音がした。振り返れば、てんこちゃんだった。


「いきなり走り出しよってからに……わらわじゃなければ追いつけなかったところじゃった」


「そんなことないと思うけど」


 ぼくの足は、クラスの平均くらいだと思う。ってことはてんこちゃんの足が遅いんだ。……って本人を前にしてだとさすがに言えないや。


「……おぬし、わらわが心の中を読めるのを忘れておらぬか?」


「そ、それより! あおちゃんーどこいるのー」


 こぶしをぐるんぐるさせているてんこちゃんから逃げるように、ぼくはあおちゃんの家の中へ。


 すっごく静かだ。塀をぶち破られたら、あおちゃんのお母さんとかスーツの人たちめちゃくちゃ怒りそうなのに、だれもいない。あおちゃんさえ。


「ここにならいるかと思ったんだけど」


「いや、おぬしの直感は正しいぞ」


「なにか見つけたの?」


「いや、においがする。若い女のにおいじゃ」


「…………」


 ぼくはたぶん、変質者へんしつしゃを見たときのような顔をしていたと思う。


「じょ、冗談じゃないぞ。わらわは鼻がきく。相手が『二十面相にじゅうめんそう』であっても、見つけられる自信があるのじゃ」


「なんかイヌみたい」


「キツネみたいと言ってもらいたいものじゃな!」


 てんこちゃんはプンプン怒る。なんで怒っているのかぼくにはわからない。キツネよりもイヌのほうがかっこいいと思うけどなあ。


 鼻をつきだし、ヒクヒクさせたてんこちゃんは、家の外へ出て、穴の開いた塀へと近づいていく。


「ふんふん、女の子と男の子と怪異の匂い」


「怪異ににおいなんてあるの?」


「ある。それはひどいものじゃが、今回はガソリンみたいな臭さじゃ」


 ぼくはガソリンスタンドで嗅いだ、ガソリンのにおいを思いだす。なんというか、かぎたくないのにかいじゃう不思議なにおいだよね。


「もしかしたら――」


 てんこちゃんは、何かを言おうとしてやめた。


「もったいぶるのやめてよっ」


「いや、間違っているかもしれないのじゃ」


「それでもいいから」


 ぼくが頼んでも、てんこちゃんは教えてはくれない。まるで、ミステリーに出てくる探偵みたいだ。だとしたら、ぼくは助手ってことになる。……てんこちゃんの助手だなんて、イヤだなあ。


 そんなことをのんきに考えていたら、またしても大きな音。先ほどのものに似ていたけれど、その中に悲鳴が混じっているような気がした。


 男の子の、涙まじりの悲鳴。


「てんこちゃん、今の」


「ああ、わらわにも聞こえた」


 ぼくとてんこちゃんは、何かを言うわけでもなしに、走り出していた。

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