第13話

「さて――」


 と夕陽ゆうひに包まれた街を歩きながら、てんこちゃんが言った。まるで図書室で読んだ小説に出てくる名探偵みたいだ。


「みたいではない。そのものなのじゃ」


「それはいいから」


「そっちが言いだしたくせに……」


 とてんこちゃんはブツブツ言っていたけれど、やがて。


「子どもたちは、怪異かいいに連れさられたんだよ」


 と言った。


 ぼくはてんこちゃんを見た。てんこちゃんはいたって真面目なかおをしている。ぼくをからかっているわけでも、冗談を言ったわけでも、この数分でボケたわけでもなさそう。


 ぼくはちょっとのあいだ、口を開かずに歩いた。


「怪異って本気で言ってるんですか」


「本気だぞ、マジじゃぞ」


「まっさかあ」


 頭を叩かれた。それもけっこう強めに。


「ひどい……」


「こっちは真剣しんけんなんじゃぞ。おぬしの友も、怪異によってここではないどこかへつれさられてしまったのじゃ」


「えっと、まず怪異から説明してもらってもいい」


 ちょっと頭が痛くなってきた(叩かれちゃったしね)ので、てんこちゃんに説明を求める。


 てんこちゃんがため息をついた。まるで、そんなことも知らないのか、とあきれているかのように。


「怪異というのは、幽霊ゆうれいだったり妖怪ようかいだったり、あるいはわらわのような神様だったり」


「オカルトっぽいやつってこと……?」


「ハイカラな言い方をすればそう言うことになるかの」


 ハイカラってのがいまいちよくわからないんだけど、オカルトっぽいものが、怪異ってことであってるのかな。


「じゃあ、あおちゃんはどんな怪異に」


「幽霊だよ。あのおばあちゃんの御子息むすこ怨霊おんりょうによって」


 びゅう。

 

 風が吹いた。夏にしては冷たい風に、体がぶるぶるふるえた。


「……冗談でしょ」


「いや、本当じゃ。行方不明者が行き止まりの近くで目撃されているのは、けっして偶然ではない」


 あおちゃんがいなくなったタナゴ公園の近くにも、行きどまりはあった。


「しかも、ゴミ収集車がやってくる行き止まりじゃ。そしてむかしあった、ゴミ収集車による事故――関係ないわけがないじゃろう」


「そういえば、あそこにもゴミ入れネットがあったね」


 ぼくは昨日の夜のことを思いだす。おばあちゃんの息子さんがくなった場所にも、今は使われていなかったけれど、ネットはあった。


「でも、それだけで幽霊のしわざだなんて」


 てんこちゃんが指を振った。ムカついちゃうくらい様になっていた。


「昨日の夜、事故現場に行ったじゃろ。あのとき感じたんだよ……妖気ようきを」


 すごみのこもった声をてんこちゃんが出す。ぼくをこわがらせようとしているのだろうか、この神様は。


「あるんだよ、この世に存在しないやつらが出すオーラのようなものが。わらわにもあるんだぞ、感じるだろう?」


「いいえ、まったくぜんっぜん」


「…………」


 てんこちゃんがしょんぼりと肩を落とす。もしかしなくても、気にしていることだったのかもしれない。


「ちょ、ちょっとは感じます」


なぐさめはよすのじゃ……。わらわだって、力がもとに戻りさえすれば、おぬしの願いくらい、ちょちょいのちょいなのじゃっ」


「そうだ、ぼくの願い――あおちゃんはどうやって助けたら」


「その怪異をこらしめてやればいい」


「どうやって――」


 ぼくは言おうとして、わかった。


 どうして、行き止まりに向かおうとしているのか。


 てんこちゃんがニヤリと笑う。


「怪異に会おうとしてるんだ」


「やっと気がついたのか、遅いぞ」


「てんこちゃんが説明してくれなかったからだよ」


「そんなわけ……あるかもじゃが、それを口にするのはどうなんだ?」


「と、とにかく。怪異なんて、どうすればいいかわからないんだけど」


 どうやって倒すんだろう。いやそもそも倒せるものなんだろうか、たとえば、何かしらの魔法が必要だとか、羽の生えたシューズが必要だとか、はたまた遠いむかしに封じられた剣を引っこ抜かなきゃなのかも。


 いろいろ考えていたら、コツンと頭を叩かれた。さっきよりかはいたくない。


「ゲームのやりすぎだ」


「そ、そうだよね。勇者がいるっていわれたらどうしようかと思ったよ……」


「んなもんいらんわっ。わらわが何とかするから、おぬしは指をくわえてみているんじゃな」


 ……これ、バカにされてるんだろうか。おまえは役立たずだって。


 聞こうかと思ったけれども、てんこちゃんはまじめな表情で、まっすぐ前を向いている。あと、本当にバカにされていたら悲しすぎるから、聞けなかったというのもある。


 とにかく、ぼくたちはタナゴ公園近くの行き止まりについた。


 午後5時ちょっと前のことである。






 夕暮れの街は、いまや完熟かんじゅくオレンジ色にそまっている。行きどまりも同じで、そこに怪異なんていうよくわからない存在がいるようには見えない。


「ここで待っていれば、怪異が手を出してくるじゃろう」


「本当に……?」


「そのはずじゃ。たぶんじゃが、あやつは行き止まりにいるやつをっている。遊んでいるやつ歩いているやつ関係なく」


「じゃあ、あおちゃんもわざわざここに来たってこと?」


 それはどうなんだろうって、ぼくは思った。べつに、あおちゃんのことを知っているわけじゃないけど、一人でこんなところに来るかなあ。……それをいったら、なんでタナゴ公園に来たのって話になるんだけど。


「行方不明になっているのだから、そういうことになるのじゃが……あおちゃんとやらは金持ちのむすめじゃよな」


「よくわかんないけど、すっごいカッコいい車が行ったり来たりするんだよ」


 ぼくはあおちゃんと遊んだときのことを思いだす。くろい車から降りてきたのはスーツを着た人たちで、さいしょは怖いなあって思ってたんだけど、お菓子をくれたりしてそうでもないかもって最近は思ってる。


「まあ、それはいいとして、おてんばむすめではないよな?」


「おてんばってなに?」


「木登りとか川を泳いだりする子だったなのじゃかの」


「いや、そんなことするタイプじゃないよ」


「じゃよなあ、チョウよ花よとでられている感じじゃったし、それならどうして怪異に……?」


「歩いててまきこまれたとか」


「そんな偶然あるのじゃか?」


 てんこちゃんのことばをさえぎるように、午後5時を告げるチャイムが鳴りひびく。ほかの街だとどうか知らないんだけど、うちだと『夕焼け小焼け』だ。


「しっ。そろそろ来るぞ」


 てんこちゃんの声がどこか遠くに聞こえる。チャイムがゴーンゴーンと除夜のかねみたいにひびき、そのたびにメロディは低くなったり高くなったり。もとのメロディがわからないほどにぐちゃぐちゃになって。


『バックしますご注意ください』


 地獄の底の底から響いてくる音に、おもわず目と耳をふさいだ。

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