第9話

 ぼくたちはうどん屋さんで昼食をとった。お父さんとお母さんが仕事でいそがしいときは、外でご飯を食べてって言われている。そのために、プリペイドカードもある。


 いつもなら一人でごはんを食べるのはちょっとさびしいんだけど、今日はそうでもなかった。


「この『ウルトラスーパーミラクルきつねうどん』とはなんなのじゃ……?」


 目の前には、メニュー表を食いいるように見つめて、眉間みけんにしわをよせるてんこちゃんがいるからだ。


「『タヌキとキツネのこんびねーしょん』……。よくわからんのじゃ。普通のきつねうどんはないのか」


「あるよ」


「じゃあそれにするのじゃ」


 ぼくはとっくにメニューを決めていたから、すぐに店員さんを呼ぶ。きつねうどんとカレーライスを頼む。


 店員さんがいなくなって、てんこちゃんがぼそりとつぶやいた。


「最近の店はハイカラじゃの……」


「はいからって?」


「そんなことはどうでもいいのじゃ。昼からはどうする?」


 ぼくはまどの外をみる。通りをはさんだむこうには、神谷木図書館が見える。このファミレスにやってきたのは、半額はんがくクーポンがあるからだけじゃない。


「図書館で、新聞を読もうかなって。行方不明になった子たちのことがのってるかもしれないし」


「ちょっとでも情報を集めるというわけか……大変そうじゃの」


「ごはん、食べるんだからちゃんと調べてね」


「わ、わかっておる。神様をなめるでないっ」


 てんこちゃんがぼくにビシッと指を突きつけてくる。ちょうどそのとき、きつねうどんがやってきた。そのときのてんこちゃんといったら、エサがやってきた子犬みたいだった。


 ぶんぶん動くイヌのしっぽが見えたような気さえする。


 めちゃくちゃしんぱいだ……。






 昼食を終えたぼくたちは、神谷木図書館へ向かった。


 市内では一番おおきな図書館だ。多くの本があるから、ぼくもよくお世話になっている。


 図書館の一角には、新聞コーナーがある。おじいちゃんとかがよく使っているイメージがあるけれど、今日はがらんとしていた。


 で、ここ一か月の新聞をてんこちゃんと協力して、読んでいく。


 これがめちゃくちゃ大変だった。新聞にはむずかしい漢字が使われてるし、文字自体もちっちゃい。写真くらいしかないから、よくわかんない。


 しかも、一か月分がどれくらいのものかわからなかったんだけど、めちゃくちゃ重い。その上、テーブルに新聞タワーができるくらいの量があった。


 全部四コマ漫画だったとしても、僕ひとりじゃぜったい読めなかったにちがいない。


「しょうがないのう」


 そういうてんこちゃんは、いすに足を組んで座って、新聞をペラペラめくっていく。朝のお父さんみたいだ。読むスピードも僕の2、3倍はあるんじゃないかな。


 新聞の山がやっとのことで消えたのは、午後4時ぴったりのこと。


「ほうら、終わったのじゃ」


 最後の新聞が、てんこちゃんの手によって棚にもどされた。


「やっとおわった……てんこちゃんのおかげだよ」


 うーんとのびをすれば、体中からバキバキ音がする。大人用の椅子でじっと読みつづけていたから、学校の二宮金次郎にのきんさんみたいになっちゃったのかも。


 となりに座ったてんこちゃんは、ちっとも疲れているように見えない。


「そうじゃろうそうじゃろう! わらわはすごいのじゃ、へっぽこ神様じゃないのじゃっ」


「それで、なにかわかった?」


 ぼくはよくわかんなかったから、てんこちゃんに聞いてみることにした。


 てんこちゃんは、おおきくうなづいて、手を差しだした。それだけで、もうなにを求められているのか、わかるような気がする。


「その前にわらわにさしだすものがあろう?」


「……わかったよ」


 ソーダシガレットをリュックから取り出して、てんこちゃんに差しだす。


 受けとったてんこちゃんはうれしそうでなにより。ぼくのおこづかいは、ぜんぶてんこちゃんの、底なしぬまみたいなおなかに消えていっちゃいそうだ。






「まず、いなくなっている子どもたちはバラバラ。小学生もいれば中学生もいる」


「高校生は……?」


「いないのじゃ。なんでかはわからないのじゃが、外であそんだりしないからかもしれないのじゃな」


 てんこちゃんは、どこから持ってきたのか、地図をテーブルに広げる。神谷木市の地図だ。へこんだ三角形みたいな神谷木市に、ソーダシガレットを置いていく。


「場所がわかってるのはココとココとココじゃ。あっとおぬしの友のもふくめるならば、ココも」


「これまたぜんぶバラバラだ」


「と、思うじゃろ?」


「違うの?」


「違う。彼らが最後に目撃されたばしょのちかくには、行き止まりがある」


「行き止まり……」


 午前中のことが頭をよぎった。タナゴ公園の近くには行き止まりがあったよね。


 ぼくは身を乗りだして、地図を見る。ソーダシガレットの置かれた場所は、さまざまで、知らない場所も知ってる場所もあったけれど、ぜんぶ行きどまりの近くだった。


「たまたまなのかな」


「かもしれないのじゃ。でも、新聞を読んだかぎりだとそのくらいしかわからなかったのじゃ」


「そっかあ」


 行方不明になった子どもたちの何人かの近くには、行きどまりがあった。でも、それがなんだっていうんだろう。


「どう思う?」


 てんこちゃんは、首を振った。


「いくら名探偵のわらわでも、情報がすくないと言わざるをえないのじゃな」


「名探偵だなんてはじめて聞いたんだけど……」


 というか、サスペンスドラマを見てただけのいっぱん神様だろう。そうツッコむのはやめておいた。図書館では静かにしないといけないからね。






 図書館を出ると、夕陽がまぶしかった。


「もうこんな時間」


「あっという間じゃったの」


 新聞を読んでいるときは、時間が止まったみたいに長く感じられたのに、いつの間にか夕方。


 外はまだ暑くて、イヤになる。あおちゃんのことは探したいけれど、早起きして午前中歩きまわったからか、もうクタクタだし、あくびが止まらないよ……。


「今日はもうやめにしようか」


「なんだ、疲れたのか? よわっちいのじゃなあ」


「……だれかさんに朝の六時から叩きおこされたからね」


「もっと早く行ってもよかったのじゃぞ」


「いや、やめてよ」


 そんなことを言いあいながら、ぼくは自分の家へと帰ることにする。


 ぼくのうしろを、てんこちゃんがついてくる。いったいどこまでついてくるつもりなんだろう。


「そりゃあ、おぬしの家まで」


「……なんで?」


「わらわ神様、おぬし人間ひゅーまん。おーけー?」


「オーケー」


「では、神様のいうことは絶対じゃ」


「ぜんぜんオーケーじゃないんだけどっ」


「ひとりはさみしいのじゃっ。あんな山ん中で寝るのはイヤなのじゃっ!」


 首をブルンブルン振って言うてんこちゃんは、子どものようだ。いや見た目には合ってるんだけど。


「じゃあ街に出ればいいじゃん」


「街で寝ろっていうのじゃか、神様であるこのわらわに!?」


 てんこちゃんが叫ぶ。みちゆくおばあちゃんや、買い物途中のおばさんがぼくを見てくる。にらむようなするどい視線。いじめっ子に先生が向ける視線といっしょだ。


 もしかしなくても、ぼく、ちいさい女の子をいじめてると思われてる……?


「わ、わかったから大きな声出さないで、だだこねないでっ」


 ぼくがいえば、本当じゃか、という声が聞こえてくる。いまのてんこちゃん、地面でジタバタしている。釣りあげたばかりの魚みたいなてんこちゃんに、ぼくは何度もうなづいた。


「しょうがないのう」


 立ったときにはすでに、泣いてなくて。それでもぼくは気がついた。


「また、ウソ泣き」


演技派えんぎはと言ってほしいのじゃ」


 ほらいくぞ、とてんこちゃんが先を進んでいく。スキップするすがたは、うれしそうだ。

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