第8話

 その公園は、タナゴ公園っていう。なんて漢字かは知らない。ぼくらが遊ぶ前から、タナゴ公園はタナゴ公園と呼ばれていた。


 タナゴってなんだろう……?


「タナゴって知ってます?」


「魚だ。それはもうちっこいやつでな」


 てんこちゃんが指で大きさを教えてくれたけれど、たしかに小さい。消しゴムくらいしかないじゃないか。


「そいつらを人間たちはっていたのじゃよ」


「へー。てんこちゃんは?」


「わらわはてづかみじゃ」


 こんな小さな女の子が、素手すでで魚をとっているところをイメージしてみる。まるでサケをとってるクマみたいだ。


「でもなんで、魚の名前が……?」


「このあたりはむかし、川と田んぼだったのじゃ。その名残なごりじゃの」


「田んぼだったなんて、ぜんぜん見えない」


 公園のまわりを見回してみるけれど、りっぱな家と真っ黒な道。田んぼだってない。自然なんて公園の木と草くらいじゃないかな。


「むかしのこと、知ってるの?」


「神様だからの」


 てんこちゃんは、なつかしむように目を細めていた。見た目だけなら女の子なんだけど、今だけは本当の神様みたいだった。


 そんな様子のてんこちゃんに声をかけづらい。ぼくは、タナゴ公園を見てまわることにした。


 といっても、公園はせまい。ブランコと鉄棒てつぼうしか遊ぶのもない。おおきな木もないから、木登りをしようとする子も来ないし。今日だって、だれもいなかった。


 真夏の太陽がまぶしい。これからもっと暑くなれば、こんな水飲み場もないタナゴ公園にはだれも来ないにちがいない。


「でも、あおちゃんは来た……」


 なにもないから、缶けりとかにはもってこいだけど、一人じゃ缶けりもケイドロもできない。


 じゃあ、あおちゃんはなんのためにきたんだろう?


 なぞが頭の中でふくらむけれど、答えは出てこない。考えれば考えるだけ、よくわからなくなっていく。算数の文章問題を解いているときみたいだ。


 ちえ熱がでてきそうになってきたので、ぼくは考えるのをやめて、てんこちゃんのもとへ戻ることにした。


 てんこちゃんはソーダシガレットをペロペロしながら、公園をグルグル歩いていた。


「なにかわかった?」


「なにもないということがわかったのじゃ」


「…………」


「これはおおきな進展しんてんじゃぞ。なんで、そんなこわい顔をしておるのじゃ?」


「ぼくには、なにがなんだかわからないよ」


「ふふん、そうじゃろう」


 てんこちゃんが、胸をはる。自信ありげな顔だった。


「昼間にサスペンスドラマを見ている、このわらわにおまかせあれっ」


 頭が痛くなってきた。熱中症ねっちゅうしょうじゃなくて、目の前の神様のせいだ。きっとそうにちがいない。






 警察犬のように鼻をヒクヒクさせたてんこちゃんは、公園をでて、立ち止まった。


 道は左右に伸びている。右は行き止まりで、左はぼくたちが来たほう。


「右にいくのじゃ」


「そっちは見てないもんね」


 というわけで、行き止まりを先の方まで向かう。


 行き止まりは行き止まりだ。チョコレートみたいなコンクリートでできたかべがあって、上の方には家が見える。左右は砂利じゃりがしかれていて、何台か車がとまっている。たぶんだれかの駐車場なんじゃないかな。


「この網はなんじゃ……?」


 かべに近づいていったてんこちゃんが、緑色のネットをつまみ上げていた。


「ゴミを入れるためのやつだよ。その中にいれておけば、夕方にゴミ収集車が回収していくんだ」


 うちの近くだと、火曜と金曜がもえるごみの回収かいしゅう日だったりする。今日は土曜だから、ゴミ収集車も動いてないはず。


 ぼくの言葉に、てんこちゃんは「なーんだ」と言った。


「わらわをとらえるためのトラップじゃなかったのか」


「もしそうだとしたら、とっくにつかまっちゃってるよ」


 駐車場には人の姿はない。あおちゃんもいないし、変な人がいるってわけでもない。


 なにもない。タナゴ公園もなにもなかったけれど、それ以上になにもなかった。


 てんこちゃんはしばらくキョロキョロしていたかと思うと、


「お腹空いたなあ」


「いきなりなんですか、ソーダシガレットあるよね?」


 てんこちゃんが、手の中の青い箱を振った。音はしない。もう食べてしまったらしい。


 腕時計を見れば、12時になろうとしている。時間を確かめると、ぼくまでお腹がくうくう鳴りはじめた。


「おなかいっぱい食べたくなってきたのじゃ」


「わ、わかったから、抱きつかないで。暑いからっ」


 てんこちゃんに抱きつかれたってうれしくなんかない。抱きつかれるなら、あおちゃんが――ってなに考えてるんだ、ぼくは。


「よし、どこへいく。うどんか? きつねうどんが食べられるような場所か」


「そんなに高いところじゃないですけど。とりあえず、行きますよ」

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