第5話

 朝食を食べおえたぼくたちは、家を出た。


 お父さんに買ってもらった腕時計は、午前7時をさしている。早起きしたからか、あくびがすごい出てきて止まんない。


「それで、行くあてはあるの」


 あくびをかみころしながら、ぼくはすでに歩きはじめているてんこちゃんに聞く。ぼくとちがって、てんこちゃんは元気いっぱい。夏色もようの空の下を歩いている。


「ないぞ」


「ないの?」


「だって、あおちゃんとやらのことはなにも知らないのだから、当然じゃろ」


「じゃあどうやってさがすつもりだったの……」


 ぼくの前を歩いているてんこちゃん。だぶっとした着物っぽい服を引きずるようにしている。歩くたびに、からんころんと音がした。


 みんなの視線を集めそうなのに、だれも気にしていない。振り向きもしなければ、先生みたいにしかったりもしてこなかった。


 これが、神様の力なんだろうか。


 あ、そういえば――。


「神様はなにか力とかないの? あおちゃんを見つけられる魔法まほうみたいな」


「……ある」


「じゃあそれで、あおちゃんを」


「だーかーら!」


 てんこちゃんが立ち止まって、振りかえった。その目はキツネみたいにつりあがっていた。


「言ったじゃろ。それなら、それ相応そうおうのものを与えんとムリだ」


「ぼくの命……」


「そういうことじゃ。まあ、あとは山のような油揚げでもよいぞ」


 よだれをたらしているてんこちゃんには悪いけれど、どっちもぼくには用意できなさそうだ。


 ぼくはじっとてんこちゃんを見つめる。てんこちゃんもぼくのことを見つめてきたけれど、その目は泳いでいた


「……役立たず」


「おぬし今なんと言った? やくたたず、神様に対して役立たずじゃとぉ!?」


 てんこちゃんが大声を発すると、通りすぎていこうとしていたスーツの男性がびっくりしたように飛びあがる。それから、僕とてんこちゃんとを見て、なんだかなまあたたかい目を向けてきた。


 なんか、すんごい勘違かんちがいをされてる気がする……。


「おいっ聞いておるのかっ」


 Tシャツの首のあたりをつかんでゆすぶってくるてんこちゃん。苦しいし、ちょっとはずかしい。


「聞いてるよっ! 聞いてるから静かにして。みんなに見られてるって」


「そ、そうか」


 てんこちゃん、意外にも静かになってくれた。


 ぼくたちはしばらく、あてもないのに歩いた。


 てんこちゃんはとつぜん、


「やっぱり、納得できないのじゃっ。なんで役立たずなのじゃ」


「だって、願いをかなえるって言ったのに、ぜんぜんかなえてくれないから」


「じゃから、いっしょに探してあげとるのじゃろうがっ」


 ぼくの前にたちふさがったてんこちゃんが、ぶんぶんと両手を振る。なんだか、子どもみたいだ。いや、見た目の話じゃなくて、雰囲気が神様っぽくない。


「でも、神様なら、もっと簡単にあおちゃんを見つけ出してくれるって思ってた」


「わ、悪かったな。できの悪い神様で」


 そう言われてしまうと、ぼくからは何も言えなかった。


 朝の油揚げのことを思いだす。


 ぼくには油揚げの甘辛煮ってやつができないのと同じように、今の神様には、あおちゃんを連れてくるだけの力がないってことなんだ。


 そして、この神様に力がないのは、ぼくのせいでもある。てんこちゃんの言うとおりだとしたら、ぼくがもってお供え物をしてあげていれば……。


「……ごめん。言いすぎた」


「いや、いいのじゃ」


 てんこちゃんはため息とともに言った。


「わらわには確かに力がない。力がないから、誰も来なくなったのじゃろうから」


 その目は、クラスメイトがしたことのない目だった。遠くを見つめ、ちいさな口からはため息がこぼれている。


「神様もたいへんなんだね」


「そうなのじゃ、大変なのじゃ」


 てんこちゃんが目を手で押さえている。グスグスという音まで聞こえてきた。


 ぼくはリュックから、ソーダシガレットを取りだして、てんこちゃんに差しだす。なんて言ったらいいのかわからなかったけれど、とにかく甘いもので元気になってほしい。


「これ……」


 気がつけば、手の中のソーダシガレットが消えていた。てんこちゃんの口元にはもう、ソーダシガレットがくわえられている。いつのまに。


 彼女の目は、ぜんぜんまったく、ぬれてなんかいなかった。


「ありがとうなのじゃっ」


 弾むような声が聞こえてきて、ぼくはがっくりした。さっきまでのはウソ泣きだったらしい。


 てんこちゃんは、歩きながらソーダシガレットを食べている。お行儀ぎょうぎわるいよ。


 やっぱり、神様じゃないんじゃなかろうか。


 もしかして、アクマだったりして。


「てんこちゃん」


「なんじゃ」


「今からあおちゃんの家に行くから、おぎょうぎよくしないとだよ?」


「言われんでもわかっておる……。っていうか、わらわを子ども扱いするな!」


 ソーダシガレットを突きつけてくるてんこちゃんは、どこからどう見たってこどもだ。

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