第4話

「おーい。これであってるのじゃか……?」


 インターホンには、玄関の前に立って手をふる女の子のすがたがうつっていた。


 朝っぱらからだれかと思えば、てんこちゃんだった。


 昨日のことなのに、早い。早すぎる。


「今何時だと思ってるの」


 ぼくはぴょこんと伸びたを押しながら、外のてんこちゃんに聞く。


「朝の6時じゃが」


 と、スピーカー越しにカラスの鳴き声がやってくる。こころなしかカラスも眠たそう。


「まだ6時、だよ……いつもなら寝てるのに」


 ぼくが起きるのはだいたい7時くらい。それも、お母さんに叩き起こされて。今だって、てんこちゃんがピンポンピンポンうるさいからなんとか起きたんだ。たぶん、10回は鳴らされてる。


 ぼくの言葉に、てんこちゃんはため息をついて、


「土曜だからって油断大敵ゆだんたいてきじゃ。ほら行くぞ」


「行くってどこへ?」


「は? 昨日言ったじゃろ」


 てんこちゃんがあきれたような目で、僕のことを見てくる。


 ……うっ、そんな顔しないでほしい。お父さんお母さんがいない日くらい、1日中寝てたいんだよ。


「おぬしのお友達とやらを探しに行くのじゃ」


「ちょっと待って」


「神様をこんな暑い日差しの中、待たせるつもりなのじゃか? 現代人はどういう精神をしているのじゃ……?」


「…………」


 ぼくはインターホンを切った。


 朝食の前に、神様を家にいれないと。あのまま家の前で扉をガリガリされるのもイヤだけど、なにより、たたりがありそうだから。






「おうおうこれじゃこれこれ」


 よろこぶてんこちゃんの前には、おりがみをぱたんと折り曲げたくらいの大きさの油揚げがあった。昨日、夜ご飯のついでに買ってきたやつだ。


「いただきます、なのじゃ」


 言うが早いか、てんこちゃんはナイフとフォークを手にし、さささっとカット。切った油揚げを、ステーキでも食べるみたいにフォークで突きさして、口に運ぶ。


 もぐもぐもぐ。


 てんこちゃんの頬が、リスみたいにふくらんだりしぼんだり。こくんと白いのどが上下する。


「うーん。そっけない味なのじゃ」


「なにも味付けしてないからね」


 パックから出したままの油揚げをぼくも食べてみたけれど、正直おいしいものじゃない。こんなものを好きになる神様の気がしれない。


「おぬしに油揚げの甘辛煮を期待するのは……まあひどいというものじゃの」


 てんこちゃんはため息交じりに言った。ティッシュで口をふいているところは、レストランにやってきためんどくさいお客さんみたい。


「……悪かったね、料理できなくて」


 ぼくができる料理といったら、カップめんにお湯を注ぐことと、レタスをちぎってドレッシングをかけることくらい。ようするに、まったくできないってこと。


 お父さんとお母さんが仕事で帰ってこれないときは、いつも心配される。ぼくをなめないでほしい、レンジだって使えるんだから……!


 そんなことを思いながら、ぼくは納豆をかき混ぜる。気合がこめたからか、いつもよりもねばねばしてておいしそう。


「お母上とお父上は、なにをやられているのじゃ?」


「警察だよ」


 ぼくの両親は、神谷木警察署ではたらいている。どんな仕事をしているかまでは知らないけれど、みんなを守る仕事なんだって。


「今、小中学生が行方不明になることが多いから、すっごくいそがしいみたい」


「ふうん。そりゃあ、いそがしいに決まってるのじゃ。不本意ながら、このマズい油揚げで満足しておくとしよう」


 さびしそうに目を伏せたてんこちゃんは、そのままパクパクとパックからだしたままの油揚げを完食した。


 ……ちょっとムカついたから、食後のデザート(ソーダシガレット)は出さないことにした。

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