第3話

「わらわは葛乃葉くずのはてんこだ」


 唐突とうとつに、女の子がそう名のった。


「ぼくは礼谷れいやゆう。っていうか神様にも名前ってあるんだ」


「もちろんじゃ。西洋にゼウス、日本に天照大神あまてらすおおみかみ、というように、神様にも名前はある」


「でも、てんこちゃんのは、なんか神っぽくないよ」


「神っぽくないとはなんじゃ。願いをかなえてやらぬぞ?」


「ご、ごめん」


 頭を下げれば、クスクス笑い声が聞こえてくる。てんこちゃんを見ると、おかしそうに笑っている。

 その口元にはソーダシガレット。ホントに気に入ってるらしい。ヒマさえあれば、ネコみたいにペロペロなめている。


「で、なんだったかの」


「あおちゃんを……天野あおって子を探して」


「それはいいのじゃが。そういうのは警察へ届けでたほうがいいのではないか?」


 ぼくは首を振る。ちょっと前までは、ぼくもそう思ってた。


 でもちがったんだ。


「あおちゃんのお母さん、警察けいさつに相談したらしいんだけど、まだ見つかってないって言ってたから」


 そう教えてくれたのは、ぼくのお父さん。そのあとすぐに、お母さんに頭を叩かれていたけれど、なんでだろう?


「だから、神様ならすぐに見つけられるかなって」


 ぼくの言葉に、てんこちゃんは腕を組んで、なにかを考えこんでいた。


 少しして、


「ムリじゃ」


「なんで……?」


 ぼくはとなりのてんこちゃんを見る。からかわれているのかと思ったんだけど、てんこちゃんは、まっすぐ町の方をむいていた。


 山の頂上からは、暗くなりつつある町がいちぼうできた。


「わらわの力はそこまでない」


 今までよりかは声を小さくして、てんこちゃんが言った。


「だれかさんがたいしたものを持ってこなかったからな」


「ぼ、ぼくのせい……? じゃあ、なんだったらよかったの」


 ぼくが聞けば、てんこちゃんがいきおいよく立ち上がった。細い腕をこれでもかと広げて。


「たっくさんの油揚げを所望しょもうする!」


「油揚げ?」


 ぼくが首をかしげたら、がびーんとてんこちゃんの目がまるくなった。


「し、知らぬのか……? あのうどんにうかんでおる、しみっしみの茶色いやつじゃ」


「あ、カップ麺に入ってるやつ」


「あんなものと本当の油揚げはくらべものにならぬが、まあよい」


 といって、てんこちゃんが座りなおす。


「わらわはお布団のような油揚げがほしいのだっ」


 ぼくの頭の中で、つゆだくの油揚げが布団くらいおおきくなる。そのふかふかのきょだい油揚げのうえで、腕をバタバタしゴロゴロ転がっているてんこちゃんを想像してみる。


 やっぱり神様じゃなくて子どもだよな……。


「食べ物で寝るつもりなの」


「ちゃうわいっ。じゃが、それもいいな……」


 隣のてんこちゃんは、じゅるりとよだれをぬぐっている。ほそくなったてんこちゃんの目には、いっぱいの油揚げのまぼろしが見えているにちがいない。


「油揚げが好きなんだ」


「好きじゃない。大好きじゃ」


「じゃあ、今度から油揚げを持ってくるね」


 ぼくの言葉に、てんこちゃんの目が宝石のようにきらめいた。


「お、助かるのじゃ。あとたまにはソーダシガレットもな」


「そうしたら、あおちゃんを助けてくれる?」


「もちろん。神様はウソをつかないのじゃ。約束したからには、明日からいっしょに探すぞ」


「?」


 てんこちゃんのことばの意味が、ちょっとよく分からなかった。ここの神様って、おそなえものをしたら願いを叶えてくれるんじゃなかったっけ……?


 てんこちゃんに、聞こうと思った。


 ――でもその時にはもう、てんこちゃんの姿はどこにもない。


 クスノキのまわりには、夜の闇とつめたさがひたひた近づいてきていて、ぼくはあわてて下山することにした。だって、だれもいない夜の山はすっごく怖かったんだ。

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