第2話
「え、え?」
びっくりして、思わず言っちゃった。だってそうじゃないか、ぼくとほこらの前には、だれもいなかったし、供えたもの以外にはなにもなかったはず……。
でも、女の子はそこにいた。
ざわざわとささやくように揺れる木々の下で、ぼくを見て、笑っていた。
「おぬしがわらわを呼んだのか」
クスノキが静かになったとき、女の子が口を開いた。
「呼んだってどういうこと……」
「ほれ、そこにひんそーなものをこしらえたじゃろう」
女の子がふりかえり、ほこらを指さした。突風を受けたにもかかわらず、ほこらはそこにあった。それどころか、紙コップは倒れていないし、ソーダシガレットも飛ばされていない。
ぼくは吹きとばされそうになったのに、おかしいなあ。
「それなら、ぼくがそなえたけど」
「やはりおぬしか。願いしかと聞きとどけたぞ」
「ってことはきみが神様……?」
「いかにも」
女の子がおおきくうなづいた。彼女は見たこともない(着物に似てる気がする)白と赤のおめでたそうな服を着ている。足もスニーカーじゃなくて、木でできたものを
たしかに神っぽい。見たことのない服を着ていて、いつの間にかそこにいたし。
でも、目の前の女の子は、どこから見たってただの女の子だ。1年生とか2年生とか……どっちにしても、ぼくより年下じゃないか。
「おぬしだって、4年生のくせになにを言ってるのじゃ」
――心を読まれたっ!?
「そう。心を読んだのじゃ」
そう言う女の子はこしに手を当てている。先生が出した『7×7』を解いたみたいに自信満々だ。
「な、なんで4年生だってわかったのさ」
「名札ついてるぞ」
ぼくは胸に手を当てれば、ぼくの名前が書かれた名札がそこにはあった。遊びに行くときはいつも外してるんだけど、今日はあわてていたからか、外すのをわすれていたみたいだ。
「それに、わらわはこどもではない。神じゃ」
「紙……」
「ちゃうわっ!? 神じゃ、ゴッドじゃ。おぬしらが『なんでも願いを叶える』といってるそいつじゃ!!」
セミの鳴き声も木々がこすれあう音すらしないほど静かな森に、神様の声がぐわんぐわん響いてった。
そんな大声を上げた女の子は、ふうふう肩で息をしている。
「だいじょうぶ?」
「お前のせいじゃっ!」
「あ、そうなんだ。ごめん」
神様と名乗った女の子は、ため息をつく。ほこらの前の紙コップを手にとると、あびるように飲みほした。
「……ぬるいのじゃ」
「買ってから時間がたったから」
ぼくのかよっている
それに、今は午後5時をすぎているけれど、めちゃくちゃ暑かった。
「ふんっ、まあよい。それより、ほかにないのか?」
「ほかにって?」
「水はいいとして、ほかに神様に祈りをささげるなら、あるじゃろ」
女の子が手を差しだしてくる。そわそわしているその手は、雪みたいに白い。
「そこのソーダシガレットがそうなんだけど」
「こんなちんけなお菓子をお供え物だというのかっ!?」
「だって、なにもなくて……」
今のぼくのお小遣いだと、ソーダシガレットくらいしか買えなかったんだ。200円で買えるのっていったら、水とお菓子くらいだよ。
おそるおそる神様を見れば、小さなこぶしをぎゅっと握りしめて、ぷるぷるふるえていた。
まずい。赤点とったときのおかあさんみたいだ。だとすると、いまにも怒りだすぞ。
ぼくはかみなりみたいな言葉が飛んでくるんじゃないかって心配だった。でも、女の子はおしかりのことばじゃなくて、長いため息を出した。
「しょうがないのじゃ」
ぼくはほっと息をつく。怒ってないみたいでよかった。
と、女の子がぼくへと近づいてきた。その目は、らんらんとかがやいていた。チーズを見つけたネズミみたいだった。
「なあ、少年」
「な、なに」
視界いっぱいに、女の子のいじわるそうな笑みがひろがる。めちゃくちゃかわいくて、めちゃくちゃおそろしい。そんな顔から、ぼくは目をそらすことができなかった。
「菓子ごときでは足りないのじゃ」
「たりないってどうすれば――」
「そうだなあ、おぬしの命、なんかどうじゃ」
「い、いのち」
ぼくは女の子を見たんだけど、彼女は笑っていた。口がさけるんじゃないかってレベルのすっごい笑み。でも、その目は雪がつもった朝みたいに冷えている。キンッキンだ。
「それくらいしないと、わらわも張り合いがない。こっちだってボランティアでやってるわけじゃないのじゃぞ」
「だ、だからって命なんてあげられないよっ」
ぼくはぎゅっと体を抱きしめた。そうすれば、安心できるような気がした。
まだ死にたくないし、お母さんもお父さんも悲しませたくはない。
でも――。
ぼくは女の子をあらためて見た。
けらけら笑う女の子に頭を下げる。
「あおちゃんを助けたいんだ、おねがいだよ」
笑い声が止んだ。
顔を上げると、女の子の笑っていた目がちょっとだけ大きくなっていた。
「あおちゃんとやらをわらわは知らないのだが……」
また、女の子がため息をつく。はあはあ言っててツラくないんだろうか。
「つらくないわっ」
そうツッコんできた女の子は、くるりと振り返る。かと思えば、そなえ物のソーダシガレットを手に取って、木々の間から落ちてくる日差しにかざした。
「こんな砂糖菓子につられるほど、わらわは安い女じゃないのじゃぞ」
ソーダシガレットは安くはない。なんせ、50円もする。ぼくの全財産の4分の1にあたるのだから、高いんだぞ。
――って文句を言いたかったんだけど、ぼくはそんな女の子を見つめていた。
ソーダシガレットを太陽にかざす動きでさえ、きれいだったから。
女の子は封を開けて、その中からスカイブルーのソーダシガレットをつまむ。
「ふむ、見た目はタバコのようじゃ。本当に食べられるのじゃか……?」
スンスン鼻を動かし、おそるおそる女の子はソーダシガレットを口へはこんだ。
もぐもぐもぐもぐ。
ちいさな口が動くたびに、女の子のゴールドの
「ど、どうかな」
ちょっと不安だった。相手が神様かどうかはわからないけれど、もしホントに神様だとしたら、50円のおかしなんてあげるべきじゃなかったかも。
おばあちゃんがうちにやってくるときに買ってきてくれる、ふっかふかのカステラの方がよかったかな……。
なんて思っている間に、女の子がすぐ目の前に近づいてきていて、僕はびっくりした。
がしっと肩をつかまれて、ぶんぶん揺さぶられる。
ネコみたいな目が、ぼくを食い入るように見つめている。いや、ほんとに食べられるんじゃないだろうか。
「や、やっぱり神様にはそんなもの――」
「これ、すっごくおいしいのじゃ!」
「え?」
「甘くて、口の中でバチバチってはじけて、まるでかみなりを食べているようなのじゃっ。ヒトはこのようなものを食しておるのか!?」
女の子が、見つけたたからものをささげるようにして、ソーダシガレットをぼくへ見せつけてくる。それ、ぼくが買ってきたものなんだけど――じゃなくて。
「う、うん」
ぼくはちょっと……いや、かなりびっくりしていた。
まさか、神様が気に入ってくれるとは思わなかった。神様なら、好きなものを好きなだけ食べられるんだろう。ハンバーグとかカレーとか、それこそ水みたいに食べられるにちがいない。
だからさ、お菓子なんて食べあきてるかと思ったりもした。でも、意外とちがうみたいだ。
「これ、もうないのか?」
「今はないけど、お母さんにいえば買ってくれるかも」
「わかった。では
「工場?」
「……おぬしの願いを聞きとどけたということじゃ。その行方不明になった友達とやらを、探してやろう」
ソーダシガレットをバリボリかみくだきながら、女の子は言うのだった。
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