第1話

「こらぁ! 危ないぞー!!」


 そんな声が後ろから聞こえて振り返れば、ゴミ収集車の運転手が、ぼくをにらんでいた。


 走りだした車に、ぼくは頭を下げる。信号も横断歩道もないところを走っちゃって、ぶつかりそうになったんだ。


「ご、ごめんなさいっ。でも急いでるんですっ!」


 あやまりながら、ぼくは走る。とにかく時間がなかった。


 目の前には山があって、そこにいるっていう『なんでも願いをかなえてくれる神様』があらわれるのは、昼でも夜でもない時間。


 そんな時間はない、ってクラスのみんなは言ってたけど、ぼくの考えではある。


 見上げた空は、オレンジ色もよう。腕時計の短い針は5を指している。


 午後5時ぴったし。


 『夕焼け小焼け』が鳴りひびく夕方なら、昼でも夜でもないし、朝でもない。


 神様がいるとしたら、まさに今この瞬間しゅんかん、あらわれるはず。


 そうに違いないと思ったからこそ、ぼくはとけるような暑さの中、教室から走ってきたんだ。






「でも、ほんとうにいるのかなあ」


 なんてひとりごとをつぶやきながら、ぼくは山をのぼっていく。この山(名前は蔵稲山くらいねやまっていうらしい)は、それほど大きくない。富士山とくらべたらこんなの砂場の山といっしょだ。


 頂上へ上っていくための道はちゃんとある。……あるんだけど、だれかがのぼっていくところを、ぼくは見たことがない。

 草はボウボウだし、この山の由来が書かれた看板は、金曜夜のお父さんみたいにくたびれている。


 曲がりくねった登山道は、すぐにおわった。


 頂上には、大きなクスノキが立っている。神社に立っていそうなクスノキは、僕が10人いても、とり囲めなさそうなくらい、太くて大きい。


 その大きな木の根元に、ちょこんと小屋がある。ランドセルくらいの大きさ。ほら、おばあちゃんちにありがちな、お札が入ってるやつ。あれに似ている。


「これがほこら……?」


 ぼくが聞いた話によると、木のつけねにがあって、そこにお供え物をすれば、願いがなんでもかなうんだって。本当かなあ、って思うけど、ほかに頼れるものもない。


 リュックを下して、中からお供え物を取りだす。


 ミネラルウォーターと紙コップ、それからソーダシガレット。


 本当はおばあちゃんのやり方を真似したかったんだけど、お酒は買えないし、「神の木」ってやつ(あとで調べたらさかきっていうらしい)はわからなかったし、食べ物はお菓子くらいしかなかった。


 ミネラルウォーターをそそいだ紙コップを、ほこらの前に置く。そのとなりに、ソーダシガレットをそえた。開けようかまよったけど、食べかけだと思われたらイヤだからそのままにする。


 それから、ぼくはちょっとはなれる。いい感じに、ほこらとクスノキが見えるところまで。


 一回、見えないけどそこにいるだれかに頭を下げて。


「神様がいたら、どうかぼくのお願いを聞いてください」


 ――いなくなったあおちゃんを探してください。


 手を合わせ、心の中で、必死に祈る。


 だけど――。


 何も起きない。


「……そうだよね」


 神様なんているはずがない。それがあたりまえ。もしいるなら、困ってる人なんていないはずだもん。


 ぼくは帰ろうとした。


 そのとき、びゅうと強い風が吹いた。木々がざわめいて、すなぼこりが舞いあがる。すっごくつよくて、僕はぎゅっと目を閉じてこらえる。飛ばされるんじゃないかって思うくらい、強かった。


 風はすぐに止んだ。


 ぼくはおそるおそる目を開ける。


 そうしたら、目の前に女の子が立っていたんだ。

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