おキツネさまの言うとおり

藤原くう

プロローグ

 『バックしますご注意ちゅういください』


 茶色くなったスピーカーから放たれたそんな音声が、まちにこだまする夕方。


 まだフライパンみたいに熱い道路で、サッカー少年がリフティングをしていた。


 ぎゃあぎゃあと遊んでくれる友達も今日はいない。ひとりさみしく、家の前の道路でサッカーボールをけっていたが――。


「あっ」


 けりそこねたボールが、てんてんと転がっていく。その方向にはゴミ収集車しゅうしゅうしゃがあった。白黒のボールは、大きめのタイヤにぶつかって止まった。


 ボールをひろってこようかどうしようか、少年はまよった。親には「ゴミ収集車には近づくな」ときつく言われていた。近づいたら食べられちゃうぞ、とも。


 だけど、そのサッカーボールは、この前の誕生日たんじょうびに母親から買ってもらったばっかりもの。それなのに、ゴミ収集車にふんづけられてペチャンコにするのは、怒られるよりもイヤだった。


 ゴミ収集車の近くには、男がひとりだけいる。その男は、あせをふきふき、ゴミを入れつづけていた。


 その作業を見守っていること、すこし。ようやくゴミを入れ終わったのか、男が車の中へと戻っていく。


「いまだ!」


 タイミングを見はからっていた少年がかけだした。ゴミ収集車の後ろにたどりついて、サッカーボールをひろいあげる。


「やった――」


 トロフィーのようにボールをかかげた少年は――ゴツンとひざに強いしょうげきを受けた。


 アッという間もない。ぐらりと倒れた少年は、ボールといっしょにやみの中へと転がっていく。


 何が起こったのかもわからないまま。なまぐさい、ゴミ収集車のなかへ。






 ドンドンドン。


 ゴミ収集車ののなかから音がする。赤ちゃんがおなかの中をけるような音は、ゴミ収集車の泣きさけぶようなエンジンにかき消されて、住民たちの耳には入らなかった。


 音がするたび、車は小さく揺れたが運転席にすわる男は気がつかなかった。彼は耳にヘッドホンをつけ、音楽を楽しんでいたから。


 バキリ。


 なにかかたいものがくだけたような音も、ちいさな悲鳴も、なにもかも。だれも聞いてはいなかった。


 ちいさなくつが地面にポトリと落ちる。


 すべてを見ていた太陽はギラギラかがやいて、世界を赤く、そして黒くそめてあげていた。

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