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「……なるほど、東国の幻獣って案外怖いんだね。授業じゃ幻術を主に使うって聞いたから、もっと大人しいイメージあったのに」

 教えろ教えろとせっつかれ、昨日あった事をかいつまんで話すと、リーリャは眉を顰めてそう言った。

「そうなの。見てこれ、服は無事なのに怪我はしてるの、結構ホラーよ」

 服をたくし上げて、包帯を巻いた昨日の傷をリーリャに見せた。傷そのものはそう深くなかったが、それでも昨日の今日で塞がるような傷ではなく、白い包帯には赤い血が滲んでいる様は、見た目にかなり痛々しい。

「ヤダ、ねえちょっと本当に大丈夫なのその職場? 私この年で友達亡くす経験とかしたくないからね!」

 冗談めかして言ってはいるが、リーリャのメルシアを見る目から心の底から親友を心配する気持ちが透けて見える。

「大丈夫だと思うよー」

「その思うってのが心配なの! メルはいい子なんだけど頑張り屋過ぎてママ心配よ!」

「ママって! なんでママ?」

「いや、何となく」

「ふーん。……それじゃママ、お菓子奢ってぇー!」

「まっ、なんて子なんでしょ、親にたかるなんて! ママそんな子に育てた覚えありません!」

 唐突に始めた寸劇に、そのままの勢いでリーリャが間髪入れず乗ってくれる。二人して顔を見合わせ、同時に吹き出して笑み崩れた。あまりにも笑い過ぎてテーブルの上の飲み物を零してしまいそうになる。

「あーおっかしー……。ってか育てられた覚えないし!」

「あはははは! ひーお腹痛い」

「随分楽しそうだなぁ。パパも混ぜてくれないか!」

「パパ⁉」

 本来なら可愛らしく高い声を、無理に低く装った声が後ろから乱入した。振り向けば、いたずらっぽい笑いを浮かべたダイアナがいて、収まりかけた笑いが再発する。

「パパ……! パパが登場するのは想定外過ぎる!」

「やめてダイアナ笑い過ぎてほっぺた痛くなる!」

「てかダイアナがパパって……ダイアナがパパ……!」

「二人して楽しそうなんだもの。わたしも混ざりたいわ」

 笑い過ぎてほとんど引き笑いになっているリーリャとテーブルに突っ伏してしまったメルシアを見て、クスクスと笑いながらダイアナが椅子に腰を下ろした。

「ひい……」

「もう、いつまで笑ってるのよ」

「だってダイアナがぱぱ……」

 一足先に笑いの発作を収めたメルシアに対し、リーリャは完全につぼに入ってしまったらしい。なかなか笑いが収まる様子が無い。

「……この状態でこちょこちょしたらどうなるんだろう?」

「あらいい考え!」

「やめて……勘弁して……」

「そういえばダイアナこの時間授業じゃなかったっけ。どうしたの?」

 何とか笑いを堪えようとしながら、堪えきれず身体を震わせ続けるリーリャはとりあえず放っておいて、メルシアはダイアナに問い掛けた。

「ああ、教授が急に体調を崩してしまって授業がお休みになってしまったの。ねえ、それより昨日どうだったのメルシア。わたしあなたの仕事、とても興味あるわ」

 メルシアはダイアナにも昨日の事を話す。二回目になると少し慣れてきて、リーリャの時よりもスムーズに話す事が出来た。

「まあ……随分大変なのね。メルシアは頑張り屋さんだけど、頑張り過ぎは良くないから気をつけてね」

 リーリャと全く同じ方向に心配されて、メルシアは分かってるよぅ、とややふてくされて返事をした。言われなくても程良く頑張るつもりである。

「でもその上司の方、一度会ってみたいわね。随分と美人なんでしょう」

「ねえ、美人ってどれくらい美人なの?」

 リーリャが何人か、この大学でも有名な美人の名前を続けざまに上げる。

「うーん……」

 正直に言うと、彼女達の誰よりも美人なんじゃないかと思う。けど何となく素直にそう言うのもなぁ、と思ったので、その中で一番ロキに方向性が似ている美人の名前をあげてみた。

「へー。じゃあ可愛いというかかっこいい感じの美人なんだ」

「まあねー。髪の毛も短く切ってるし、背も高いし」

「でもいいなぁ。美人と働けるなんて―。モチベーションめちゃ上がるじゃん」

「リーリャが好きなのは美男子じゃありませんでした?」

「男女問わず美しい人は目の保養! 大好き!」

 胸を張って言いきるリーリャに、そこ胸張る所? と突っ込みを入れる。

「でもさ、その人なんか話し聞く限り裏になんかありそうじゃない?」

「何かってなあに?」

「なんかは……なんかよ! だって……うーんなんか上手く言えんけど……!」

「それ、リーリャの好みが影のある美男子ってだけじゃないのー? いっつもそんな内容の本ばっか読んでるじゃん」

「いや影のある美形好きだけどそうじゃなく! ……いや単純にそういう事か?」

 勢い良く否定しかけたリーリャだったが、急激にトーンダウンし首を傾げた。

「メルシアの話だと、随分素敵な上司さんなのね。羨ましいわ」

「うん、厳しいことも言うけど、……」

 褒められたときの事を思い出し、思わず口元が緩んだ。

「ねえメル、ごめん今気づいたんだけど時間大丈夫?」

 リーリャに言われ、ハッとして時計を見るとここを出る予定だった時間ギリギリである。メルシアは慌てて立ち上がってリュックを掴んだ。

「リーリャありがとう! 命の恩人!」

「いいっていいって、お礼は最近出来たスイーツ店の新作クッキーでいいから」

「あんたってやつは……」

「あら、お昼は一緒に食べられるんじゃなかったの?」

「ごめん今日は授業も無かったしちょっと早く行きたくて!」

「あらそうだったの。頑張ってねー」

「気ィつけてね!」

「ありがとう!」

 慌て過ぎて椅子に躓きながら、メルシアは馬車の待合所に急いだ。

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