魔王と勇者と幹部共⑤

「えー?それだけー?魔族に何の得もなくなくなーい?」


 ロルデウスの疑問に、ガルゼブブは首を振って答える。


「そんなことは、ありませんよ。学び終えた後は、人族の元へと送り出し、魔族と話し合えること、協力し合えること、わかりあえるということを伝えてもらうのです」


 おぉ、良い……!ガルゼブブ良い……!

 素晴らしいじゃあないか……!


「そして、魔族への抵抗感が減少してきた頃合いを見計らい、魔族がいかに素晴らしいものなのか、その魔族を従える魔王様がいかに崇高な存在なのか、なにより、魔王様にお仕えすることがどれ程幸せな事なのかを、伝えて回ってもらうのです」


 流れ変わったな。


「それから、じわりじわりと見聞を広めていき、ゆくゆくは人族の意識、社会構造を内部から完全に崩壊させ、魔王様の名の元に、魔族と人族が手を取り合って暮らす、理想的な世界へと至るのです」


 待て待て待て待て内部から崩壊させるってなんだ。

 慈愛は?慈愛はどこにいったの?


 何も理解してないどころか、俺よりよっぽど非道なことしようとしてるじゃねぇか。

 洗脳って言うんだよそういうの。


「手を取り合う、世界……!」


 その呟きに目を向けると、エリスが浮ついた表情で目を輝かせていた。


 エリスさん?ここ目をキラキラさせるところじゃないよ?騙されそうになってるんだよ?


 アイコンタクトを飛ばしてみるが、エリスはガルゼブブの言葉に完全に心を奪われてしまったらしい。

 極度の緊張状態が続く中、甘い言葉を聞いて混乱してしまったのだろう。

 なるほど、洗脳されたらこんな感じになってしまうんだろうな……。


 そして、エリスを混乱させた張本人はというと、うっとりしたように『ほぅ』と息を吐いて、祈りを捧げるように胸の前で両手をぐっと握りしめながら言った。


「そうですよね?魔王様?」


 全然違うわ。

 というか一番最悪なタイミングで振ってくるんじゃないよ話を。


「それは――」


「んなもん、魔王様に改めて確認するまでもねぇだろうが!ガルゼブブよぉ!」


 答えさせなさいよ。


「あぁ、魔王様……!魔王様の崇高なるお考えにすぐに至らなかった私達をどうかお許しください……!」


 ルルヴィゴールが泣きながらそんなことを言い出す。

 泣く要素あったか今。

 ちなみに至ってないからな?なんなら一番遠い所にいるからな?


「さっすがまおーさま!ごくあくひどー!でぇもぉ、そんなにうまくいくのかなぁ?」


「あなたは黙ってなさいロルデウス」


「はい」


 ロルデウスの言葉もルルヴィゴールに呆気なく潰されてしまうと、もはやそれ以外ないと言うような空気が玉座の間を満たした。


 なんなんだろうこれ。

 なんで一言も喋ってないのに極悪非道とまで言われなきゃならないんだろう。

 一番非道なのは俺が思ってもいないことをさも思っているかのように誘導したガルゼブブだと思うんですけど。


 駄目だ、頭が痛くなってきた。

 一癖も二癖もある幹部が四人も揃っていると精神の消耗が著しい。

 そう言う意味でいえばこれまでほんと平和――でもなかったか。

 あと一歩で人族と全面戦争するところだったしな。


 すると、涙を拭ったルルヴィゴールがぱんぱんと両手を叩いて総括するように言った。


「魔王様のお考えはとてもよくわかりました。エリィ、あなたをこの城で働かせることを許可しましょう。ただし、働くにあたっていくつかテストを行います。魔王様に無礼があってはいけませんからね」


 その魔王を無視して勝手に色々決めるのも大分無礼だと思うんですけど――っていやいや、そんなことを言っている場合じゃない。

 勇者を魔王城で働かせるとかいう訳の分からない状況を許すわけにはいかない。


 どうにか理由をつけてエリスを連れ出さなければ――。


「待てルルヴィゴール。その人族はまだまだ子供だ。魔王城で働かせたとして、役に立つとは思えん」


「なるほど。魔王城ではなく、村で働かせろと」


「違う。場所の問題ではない」


「働ける力がつくまで筋トレさせるってぇこったな!」


「違う。鬼か」


「いえ、魔族です」


「知っとるわ」


「あっは!働ける年になるまで待つに決まってんじゃーん!」


「違う。なんでそこまでして働かせたがるんだお前達は」


 しかしまずいな。うまい逃げ道がない。

 いや魔王なんだから四の五の言わせず無理矢理連れ出せばいいだけの話なのだが、それだと幹部達の不信感を煽ることになりかねない。

 万が一何かあってエリスが勇者だとばれてしまったら取り返しのつかない事態になるのは明白だ。

 一体どうすれば――。


 そんなことを考えていると……。


「やります。いえ、やらせてください」


 険しい顔で俺を真っ直ぐに見つめながら、エリスがはっきりとそう口にした。


「やりますって、お前……」


 確かにここで変に逃がすよりもテストに合格してからタイミングを見計らって逃げ出す方が間違いはないかもしれない。

 エリスのことだから何か考えがあるのかもしれないし……かといって不安は拭えない。

 クセの強い幹部達が用意するテストもどうせクセが強いに決まっているだろうからな。


 いやでも、エリスがやりたいと言っているのだからおとなしく見守るべきなのか……?

 何かあっても、俺がすぐ近くで見ていれば対処もできるし……。


「お願いします、魔王さま」


 エリスに真面目な顔でそう言われてしまったら、頷く以外の選択肢は残されていなかった。

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