魔王と勇者と勇者らしさ⑬
「聞いてください。これは全てわたしが――」
「クク……クハハハハハハハハハハハッ!」
エリスの声を遮るように、高く笑い声をあげた。
立ち上がってエリスの横に並ぶと、頭の上に手を置く。
そしてエリスにだけ聞こえる小さな声で言った。
「俺が悪かった。許してくれ」
「え……?」
「魔王だとか勇者だとか、敵だとか味方だとか、そんなものはどうでもいい。俺達は、どこにでもいるような、くだらない話で盛り上がれるような、そんな普通の友達でよかったのにな」
「ガロンさん……」
それ以上でも、それ以下でもない。
俺達の関係はそれでいいのだ。
だから――。
「俺に任せろ。そして――任せたからな」
すると、ルルヴィゴールがすぐ近くに来て不安そうな声で言った。
「ま、魔王様?なぜ、勇者の頭を……」
「まだ気付かないのか?ルルヴィゴールよ」
考えるルルヴィゴールだったが、思い至らなかったのか頭を下げる。
「申し訳ありません魔王様。なんのことだか……」
「いや、構わん。少し意地の悪い質問だったかもしれない。そうだな。説明するより実際に見せたほうが早いだろう」
そう言って改めてエリスの前に回って仁王立ちをすると、遠巻きに様子を伺っている騎士団に向かって言い放つ。
「愚かな人族共よ!貴様らもよくよく見ているといい!」
それから俺は、エリスに対して尊大な口調で言った。
「勇者エリスに命じる!我、魔王デスヘルガロンの前に跪き、忠誠の証を示せ!」
一瞬の静寂の後――。
爆発したかのように、一斉に驚きの声が周囲にこだました。
それは魔族達からあがったものでもあり、そして騎士団からあがったものでもあった。
『な、何を馬鹿なことを!勇者が魔王に与するなど、あるわけがないだろう!勇者よ!魔王が無防備な今が好機だ!叩き切ってしまえ!』
しばらく呆然としていたエリスだったが、騎士達の言葉に促されるように地面に落ちていた細剣を拾い直す。
そして、慣れた動作で俺に向かって剣を構える――が、その剣が振り下ろされることはなかった。
腰を屈め、片膝をつき、深く頭を垂れたエリスは、持っていた細剣を献上するかのように俺に差し出す。
それから一切の躊躇いなくその言葉を口にした。
「魔王デスヘルガロン様。我が忠誠の証、どうぞお受け取りください」
『そんな馬鹿な!?』
「ま、まさか、魔王様……!」
ルルヴィゴールの驚いたような声に頷いて答える。
「そうだ、そのまさかだ。勇者エリスの精神は我が完全に支配した。ここにいるのはもはや勇者などではない。魔王軍の新たな幹部――剣魔エリスクラージュだ!」
騎士達に動揺が広がる。
『あ、ありえない!精神支配の魔法など聞いたこともない!でまかせだ!』
「でまかせかどうかは、その身をもって確かめてみるといい。さぁ、エリスクラージュよ。幹部としての最初の仕事を与えよう。騎士団全員の身包み、全て綺麗に切り刻んでこい!」
「お任せください、魔王様」
言うが早いか、エリスは一直線に騎士団に向かって駆け出していった。
言うまでもないことだが、これらは全て演技だ。
精神支配なんていう魔法はこの世界には存在しない。
だからこそ、勇者が魔王側に寝返るなど考えもしなかったことだろう。
だが、俺とエリスにはそれができる。
話さなくとも意思疎通ができる俺達だからこそ、魔王に操られる勇者と言う本来ありえない状況を作り出すことができる――!
騎士の一人に狙いを定め、相対するエリス。
『ま、待て!冗談だろ?冗談なんだよな!?』
「冗談?何のことでしょうか。今のわたしは魔王様に仕える忠臣の一人、剣魔エリスクラージュ。魔王様のご命令とあらば、どんなことでもいたします」
感情の載っていない声で淡々とそう言い放つと、騎士が構えている剣めがけて自らの細剣を振るう。
その瞬間、騎士の剣はまるで砂で出来ているかのように粉々に砕け散り、あとには柄しか残らなかった。
それから続けざまに騎士の身体を切りつけると、ものの見事に鎧だけがバラバラになって地面に転がる。
その躊躇いのなさにエリスが本気であることを悟った騎士は、あまりの恐怖にその場で泡を吹いて気絶した。
しかし、なんだ……確かに身包みを剥げとは言ったが、結構容赦ないな……。
やっぱり日頃の鬱憤とか色々溜まってたんだろうか……。
エリスはその優しい性格からして間違いなく溜め込むタイプだろうし、なんなら溜め込んでいることに気付いていない可能性もある。
せっかくだから、この場で存分に日頃のストレスを解消していってもらうとしよう。
何かあったら全部俺のせいにすればいいしな。
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