魔王と勇者と勇者らしさ⑭
そんなことを考えている間にも、エリスは一人、また一人と次々に騎士達を切り伏せていく。
追い詰められた騎士達は、助かろうとして自ら罪を告白し始めていた。
『わ、わかった!陰でお前のことを馬鹿にしていたことは謝る!だからぎゃあッ!?』
『違う!俺はお前を孤立させるためにあんなこと言ったわけじゃぐっはぁ!?』
『あれはわざとじゃないんだ!あの皿がお前の大切なものだなんて知らなおわぁ!?』
だが、エリスはそれすらも聞く耳持たずで、一太刀のもとに切り刻んでいった。
大体百人を超えたあたりで完全に戦意を喪失した騎士達は、『撤退だッ!撤退しろッ!』という指揮官の掛け声を聞くと、なりふり構わず砦の向こう側へと逃げ去って行った。
それでも追いかけていこうとするエリスに戻ってくるよう声をかけると、先ほどと同じように俺の前に跪く。
「申し訳ありません魔王様。ほとんどの騎士を取り逃してしまいました」
心の底から悔しそうに言うエリス。
演技のはずなのだが、妙に迫真がかったものがあるのがちょっと気にならないでもない。
さっきも戻るよう言わなかったらそのまま普通に追いかけていきそうだったし、まさか本当に全滅させる気だったとか――いや、エリスに限ってそんなことはないか。
さすがに俺の思い過ごしだろう。
「気にする必要はない。素晴らしい働きだったぞ。鎧だけを切りつけるその技量、実に見事だった」
「は、はい!ありがとうございます!」
剣の腕を褒められたことが嬉しかったのか、エリスは照れたような声を上げた。
とりあえずなんとかなったか……。
だが、ほっとしたのも束の間、エリスに向かって掴みかからんばかりの勢いで詰め寄る魔族が一人――。
「お待ちください魔王様!本当にこの者を幹部にするというのですか!?精神を支配されているとはいえ、こ奴は勇者なんですよ!?いつ洗脳が解けるともわかりません!危険すぎます!」
確かに事情を知らないルルヴィゴールからすればもっともな意見だろう。
遠巻きに眺めている他の魔族達も同じ意見なのか、表情に不安の色が浮かんでいるのが見て取れる。
実際、エリスに魔族を半壊にまで追い込まれたことはまだまだ記憶に新しい。
いくら魔王の意思だからと言っても、そう易々と受け入れることはできないだろう。
それは俺もよくわかっている。
元々急場を凌ぐためについた嘘だ。
当然長く続けるつもりなんてない。
「確かに――」
説明しようと口を開いた矢先、エリスはルルヴィゴールの前に立ちはだかると、きっぱりと言い放った。
「わたしがガロンさんを裏切ることはありえません。絶対に」
「…………」
有無を言わせないというような強い言葉に、ルルヴィゴールが押し黙る。
エリスは洗脳なんてされていない。
だからこれはエリスが本心から言ってくれていることなんだろう。
その気持ちはとても嬉しく思う。
だが――。
「いや、ルルヴィゴールの言うとおりだ」
「ガロンさん――!」
振り返ったエリスに頷いて見せると、エリスは口を閉ざした。
エリスは真面目で優しい子だ。
自らを頼りにしている人族達のことを見捨てるなんてことは出来ないだろう。
それに、勇者が本気で寝返ったなんて話が広まれば王国も黙ってはいないはずだ。
取り返そうとしてくるか、はたまた他の種族と手を組んで戦いを仕掛けてくるか――いずれにしても、魔族との休戦条約は破棄されることになるだろう。
休戦条約はエリスの努力の証だ。
それが否定されるような状況にはさせたくなかった。
「勇者のことだ。我の精神支配もそう長くは続かないだろう。エリスクラージュよ。お前が魔法で精神を支配されたとしたら、どれくらいで解除できる?」
あえてエリスに聞くことで逃げ道を作る。
こうすることで帰りやすくもなるだろう――と、そう思ったのだが。
エリスはしばらく考えてから口を開いた。
「そうですね。半年くらい――あっ、いや、やっぱり一年以上かかるかもしれません」
うん、さすがにちょっと長くない?
あとなんで途中で倍にしたの?
「そ、そんなにかかるのか……え、ほんとに?」
一年以上も自分の意思で魔王軍にいたら、それは実質的に人族を裏切ったと言っても過言ではないだろう。
ニ、三日ならまだしも、それだけの期間をおいて王国へ帰っても反乱分子として扱われてしまうに違いない。
日頃大変な思いをしているのだから、それくらいの長期休暇があってもおかしくはないと思うが――いや違う、そう言う問題じゃない。
「ま、まぁそうだな。我の精神支配がそうやすやすと解けるとも思わんが、なにせ神の加護を受けた勇者だ。精々数日か……長くても一週間といったところだと、我は見込んでいるのだが。それだけ長い期間勇者が不在となれば、王国もさぞ焦るであろう」
それとなく『ちょっと長いかも、王国も黙ってないかも』とエリスに伝える。
それに気付いたエリスは、口元に手を当ててはっとした様子を見せたあと、焦ったように言った。
「そ、そうですよね!確かにガロンさんの言うとおりです!ほんと、そのとおりです……」
言葉尻が小さくなるのと一緒に、しゅんと肩を落とすエリス。
凄い残念そうに見えるのは気のせいだろうか。
すると、どこからともなくルルヴィゴールが割り込んでくる。
「魔王様、よろしいでしょうか」
「どうした」
「お言葉ですが、魔王様が勇者にかけた精神支配が解かれることはないと断言いたします」
せっかくまとまりかけてるのにややこしくしないでほしいんですけど。
というかなんでルルヴィゴールが止めるんだ。
さっきまで凄い勢いで反対してただろうが。
しかし、魔族達が聞いている手前、幹部の意見をおいそれと否定するわけにもいかない。
「……理由を聞こうか」
「はい。先程勇者が言った裏切らないという言葉――あれは間違いなく、魔王様に心酔している者の言葉でした」
「し、心酔!?」
エリスがあわあわしながら驚いたような声を上げた。
「魔王様を心から敬愛している私にはわかります。間違いない、今の勇者は私と――いえ、私達と同じ志を持った仲間、同志なのだと」
ルルヴィゴールのその言葉と共に、他の魔族達からも同調する声が上がる。
『違ぇねぇ!人族共にも一切手加減なしだったしな!』
『そうだそうだ!今の勇者からは魔王様に対する熱いパッションを感じる!』
『是非とも一緒に「あぁ愛しのデスヘルガロン様~好き好き大好き魔王様~」を歌いてぇ!』
なにこれ。
話がどこに着地しようとしているのか全然わからないんですけど。
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