魔王と勇者と勇者らしさ⑩

 痛み分けと言っても本当に攻撃すると言うわけではない。

 互いの見せかけの攻撃に対して痛がる『フリ』をするという安全なもの。演技力が鍵となる作戦である。


 右手を前に差し出して魔力を込めると、平原のいたるところに紫色の落雷を発生させる。


 雷魔法『紫電の稲妻』は巨大な紫色の稲妻を降らせる魔法で、音も大きく見た目も派手なため見せる用の魔法としてはうってつけだ。

 本来なら当たれば黒焦げ不可避だが、今回はただ眩しいだけなので痛くもかゆくもない。


 その辺りのことも全てエリスには説明済みなので、適当にいくつか落とした後、エリスめがけて稲妻を三本ほど落とす。

 エリスは一つ目、二つ目をうまく弾いて見せた後、三つ目をまともに喰らったように見せた。


 俺達魔族と何度も戦ってきたエリスのことだ。きっとうまいことやってくれるはず――。


「ぐ、ぐあー、やられたー」


 エリスのこれでどうだと言わんばかりの圧倒的な棒読みが平原に響いた。


 そ、そうだった……!

 エリスは魔族と戦って負けたことがないんだった……!

 それ以前の話のような気もするけど……!


 それからエリスはゆっくりとした動作で膝をつき、手をついて地面に俯せになった後、再び手をついて体を起こし、その場で立ち上がって見せた。


 なんというか、なんだ……頑張っているエリスには申し訳ないがわざとらしいが過ぎる。


 さすがにまずいかと思って恐る恐る周りの反応を伺ってみると――。


「勇者め……!魔王様の『紫電の稲妻』を喰らっても微動だにしないどころか、喰らっていないと言わんばかりにあんなわかりやすい挑発まで……!」


 よし、いいぞルルヴィゴール……!

 いつもはその勘違いに振り回されてばかりだが今回はナイス勘違いだ……!


 それを聞いた魔族達からブーイングが上がり、騎士達はそんな魔族に対してヤジを飛ばした。


「では、次はわたしの番ですね」


 そう言ってエリスは地面を強く蹴ると、さっきの演技とは似ても似つかない速さで俺の目の前に一瞬で到達していた。


 それから剣をわざとらしく大上段に構え、俺が腕で防御するのを見計らってから振り下ろす。

 右から切る時には先に視線を右へと流し、左から切る時も先に視線で教えてくれる。


 その一挙手一投足にエリスのきめ細やかな気遣いが込められていて、攻撃されている側だと言うのに感謝してしまいそうだった。


 それにしても、エリスの剣技にはやはり目を見張るものがある。


 一太刀一太刀に無駄がなく、流れるような動きはよく観察していないと目で追えないくらいに素早い。

 力は弱いかもしれないが、力を込める箇所を集中させているおかげで、成人した男のそれよりも遥かに重く感じられる。

 おそらく加減もしてくれているだろうから、本来はさらに強いのだろう。


 当然、王国の騎士達など遠く足元にも及ばない。

 それなのに、そんな格下の騎士達から勇者らしくないと蔑まれているのは、なんとも納得のいかない話だ。


(勇者らしさ、か……)


 ふと、エリスと会話した時のことを思い出す。


 エリスと口裏を合わせている以上、引き分けに持ち込むのは難しいことではない。


 だが、場がヒートアップしてしまっている今、俺を倒すことができなければ騎士達はエリスを見直すことはないだろう。

 むしろ、どうして勝てなかったんだとか、お前が弱いからなんじゃないかとか、平気でそんなことを言ってきそうだ。


 俺はエリスはこれまで見て来たどんな人族達よりも勇者らしいと思っている。

 今の時点でそう思うだけの力と、優しい心を持ちあわせている。


 しかし、人族はそうではないらしい。

 勇者としての資質があるかどうかではなく、何をやり遂げたかでしか評価しない――つまり、魔王を倒さない限り、エリスを勇者として認めてはくれないのだ。


 エリスは人族のことだけでなく、俺達魔族のことも考えて休戦条約を結ぶことを提案してくれた。

 そんなエリスが条約を結んだことで人族達に冷遇されている。勇者らしくないと言われて悲しい想いをしている。


 それを許しておいていいのか。

 いや、いいわけがない。


 となれば、今ここで俺がすべきことは一つしかないだろう。


「行きます!」


 そう声を上げると、エリスは細剣を再び大上段に構え直した。


「『兜割り』!」


 掛け声とともに、魔法を弾く時と同じようにエリスの細剣が白い輝きを放つ。


 本来技名を叫ぶ必要はまったくないはずなのだが、わざわざ『今から兜割りします!』と教えてくれているのだ。


 エリスの剣が迫る。

 物凄い速さだが、何が来るかわかっているおかげで見切ることはできる。

 刃を受けるために両手を構え、いざ白刃取りをしようとして――俺はぴたりと手の動きを止めた。


「っ!?」


 それにいち早く気付いたエリスは、すぐさま剣の平な部分が当たるよう素早く持ち替える。

 だが、さすがに剣の勢いを全て殺すことは出来なかった。

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