魔王と勇者と勇者らしさ⑧
そして迎えた一週間後、作戦決行当日。
領地境にあるデモント平原に到着した俺を待っていたのは、防衛砦を背にして佇む数万規模の騎士達の姿だった。
あれ、おかしいなぁ……。
エリスと話した限りでは、集まっても精々百人程度だろうという話だったのだが、この数を見る限り見物と言うよりか、隙あらば魔王を全力で潰してやろうという意思が感じられる。
空から現れた俺の姿を認めるなり、騎士団の中から大小さまざまな叫び声が聞こえ、場は一気に騒然となった。
腰を抜かすもの、敵意を露わにするもの、恐れを抱くもの、がむしゃらに叫ぶもの、反応は様々だ。
そんな阿鼻叫喚の中、微動だにしない騎士が一人、騎士団の先頭に立って俺を見上げている。
小柄な体躯、腰に据えられた細剣、兜に鎧――見間違うこともない、エリスだ。
少し手前で止まると、エリスを見下ろしながら声をかける。
「勇者自らお出迎えとはご苦労なことだな。しかも、こんなにも多くの騎士達が一緒とは。歓迎パーティでも開いてくれるのか?」
打ち合わせ通り、あえて口悪く言うことで仲が悪いように見せかける。
ちなみに今の言葉には『なんか予定より人多くない?』みたいなニュアンスを込めておいた。
それはエリスにも正確に伝わったらしく、対応した返事が返ってくる。
「ええ、そうですよ。本当はもっと少ないはずだったのですが、予定よりもずっと多くの騎士達があなたとお話をしてみたいと言うものですから」
なるほどな。あわよくば俺をここで倒してしまおうという考えなんだろう。
エリス以外からの攻撃は休戦条約違反だが――まぁいい。
これはこれで好都合だ。エリスの武勇伝を伝える人族が増えたというだけだからな。
うまく利用させてもらうとしよう。
「では、早速始めるとしようか」
そう言ってエリスに右手を差し向ける。
すると、エリスは細剣を鞘から静かに抜き払った。
それを確認した瞬間、俺は前置きなく『燃え盛る大火球』をエリスに向けて放つ。
『燃え盛る大火球』は直径でおよそ二十メートルほどの大きさがあり、何かに当たると弾けて熱波を撒き散らすため基本的に避けることはできない。
そんなものが突然目の前に現れたせいか、エリスを除く騎士達は狼狽え後ずさる。
もちろんこれはエリスと事前に打ち合わせたとおりの流れだ。
エリスは剣を構えると、怯むことなく大火球へと向かって跳躍。
そして、手にしていた細剣が眩い光に包まれるのと同時に勢いよく掬い上げるように剣を振るう。
すると大火球は急激に進路を変え、空高く飛んでいくと大爆発を起こして消え去った。
一瞬の静寂ののち――エリスの活躍に騎士達から割れんばかりの歓声が上がる。
よしよし、初動としては最高の出だしだ。
今の歓声を聞くだけでも騎士達にエリスの凄さは十分伝わったようだし、大火球と同じくらい大きな魔法をあといくつかエリスが弾いて見せれば間違いなく見直すに足りるだろう。
あとはエリスとそれっぽい会話をしてそれっぽい感じの戦闘を繰り広げた後それっぽい言い訳をして退散すればあっという間に作戦完了だ。
しかし、エリスと口裏を合わせているとはいえこんなにもうまくいくとは。
クク、この勝負、勝ったな……!
と、そんな感じで完全に浮かれていると――。
『う、うわあああああああああああああああああああああああああ!』
『退避!退避だ!全員逃げろぉっ!』
『む、無理だ……!あれだけの数、勝てるわけがっ……!』
さっきまでの歓声はどこへやら、騎士達は怯えたような叫び声をあげ始めていた。
そして聞こえてくる、『ドドドドド……』という地鳴りのように響く振動音――。
「ガロ……ま、魔王、あれは……?」
エリスの声に振り返って見てみると、遠くから『波』が押し寄せてくるのが見えた。
生物が隊列を組んで作ることによってできた波――数百とか、数千とか、そんな少ない数ではない。
十万はくだらないであろう魔族達の群れが、俺達のいるところに向かって押し寄せてきていた。
魔族の波は数分もかからないうちに俺のすぐ近くまでやってくると、訓練されたような正確無比な動きでぴたりと静止。
それから先頭にいた真っ白な髪を持つ魔族――氷魔ルルヴィゴールがその場で膝をつくと、それに倣って一斉に他の魔族達もその場で膝をついた。
ルルヴィゴールは顔を上げないまま、いつもと同じしっとりとした艶やかな声で言った。
「お待たせいたしました魔王様。魔族精鋭十万、魔王様の応援に馳せ参じました」
いや全然待ってないんだけど。
意味がわからな過ぎて頭が混乱する。
え、なんで?
あれだけ来るなって言っておいたのにどうして何事もなかったかのように来てるの?
ていうか十万って何?人族滅ぼす気?
「…………」
兜のおかげで表情は伺えないが、エリスも絶句しているのが雰囲気でわかる。
もはや言葉云々なんて気にしている余裕はなく、無意識に顔の前で『違う俺じゃない』と手を振って否定してしまっていた。
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