魔王と勇者と勇者らしさ⑦

 作戦会議を終えてエリスが帰った後。


【玉座の間】に戻ると、ルルヴィゴールがすぐさま駆け寄ってきた。


「魔王様、ご無事でしたか!」


 安心したような声でそう言った後、辺りを警戒しながらおずおずと聞いてくる。


「それで、勇者の方は……?」


「返り討ちにしてやった。止めを刺す前にまた逃げられてしまったがな」


 まぁ実際は魔王城の裏口から普通に帰ってもらったのだが。


 俺の答えを聞いたルルヴィゴールは、「そうでしたか」と満足そうに頷いて、顔をぱっと輝かせた。


「さすがは魔王様。幹部達ですら敵わなかったあの勇者を無傷で一方的に返り討ちにしてしまうなんて。魔王様に忠誠を捧げる一人として、これ以上ないくらい誇らしく思います」


「…………あー、うん、まぁ、そうだな。あんな小娘一人、取るに足らんわ」


「なんという心強いお言葉。魔王様がいらっしゃる限り、我らが魔族は安泰です」


 信頼感あふれることを言うルルヴィゴール。

 お茶するだけで帰ってもらったなんて口が裂けても言えない。

 旗色が悪いので話題を変えよう。


「ルルヴィゴールよ。その勇者についてだが――そろそろ決着をつけようと考えている」


 俺の言葉に、驚いたように目を見開くルルヴィゴール。


「お前も知ってのとおり、今代の勇者の力は我ら魔族にとって過去類を見ないほどの脅威だ。このまま放置しておくわけにはいかない」


「はい。魔王様の仰るとおりです」


「そこで我が直々に動くことにした。王国へ出向き、人族の目の前で勇者を倒す。さすれば、人族共に魔族に逆らうことがどれほど愚かしいことなのかをまざまざと見せつけられるだろう」


 当然これは建前上の話であり、そんなことをするつもりはない。


 俺が考えた作戦の概要はこうだ。


①魔族と人族の領地境にてエリスと待ち合わせ。

 この際、エリスは魔王が現れることを事前に王国内に伝え、騎士団が領地境に集結するよう誘導しておく。


②エリスと俺とで戦闘を開始。俺は派手な魔法を大量に使い、エリスはそれを剣技で弾く。

 そうして後ろで戦闘を見物している騎士達にエリスの『凄さ』『勇者らしさ』を見せつける。


③場が温まって来たところで、仕上げとばかりに俺が最後の大技という名目で視覚的に迫力のある特大魔法をエリスに向かって放ち、エリスはそれを見事に打ち破って見せる(ここで俺は魔力切れなどの適当な理由をつけて速やかに撤退する)。


④魔王と勇者の壮絶な戦いを目の前で見せつけられた騎士達は『やっぱ勇者ってすげぇ!勇者様万歳!エリス様万歳!』と言ってエリスを見直す。


という流れだ。


 これならエリスの名声爆あがり間違いなし。

 加えて、強力な魔法を見せつけることで『魔族とは戦わないでおこう。休戦条約続行!』と思わせることもできるという寸法だ。

 まさに一石二鳥。

 クク、我ながら素晴らしい完璧な作戦じゃあないか……!


 そんな感じで作戦の有用性に想いを馳せながらひとり悦に浸っていると――。


「ま、魔王様……!魔王様は、そこまで私達のことを考えて……!」


 と、そんなことを言いながら、ルルヴィゴールが両手で顔を抑えて号泣し始めた。


 え、何?なんで泣いてんの?

 ここまでの会話のどこかに泣く要素あった?


「と、とにかく落ち着け。涙を流すと顔が融けてしまうだろう」


 ルルヴィゴールは雪から生まれた魔族であり、全身が雪で出来ているため泣けば当然涙で融ける。

 こう言っている間にも涙の線に沿って既に浅い溝ができ始めていた。

 削れているように見えてちょっと怖い。


 涙を拭いながらルルヴィゴールは言った。


「申し訳ありません魔王様。突然の魔王様のご厚意を聞いて感極まってしまい……」


 厚意ってなんだろう。

 心当たりがなさすぎる。


「気にするな。それで、泣いた理由はなんだ?」


「はい。幹部を含め、魔族一同は勇者の前に敗れました。そんな私達の『屈辱』を理解してくださるだけでなく、あまつさえ魔王様が直々に『雪辱』を果たしてくれると……!そう、仰ってっ……!くださったものですからっ……!」


 すっごい拡大解釈されてる……。


 魔族達がエリスに負けて悔しい想いをしたのはもちろん理解している。

 あまりの落ち込みように体調を崩す者まで出る始末で、強制的に長期休暇を取らせたくらいだ。

 幹部の内の数名も未だ療養中である。


 だが、『悔しい』という言葉から『屈辱、雪辱』なんて言葉に変わってしまうと一気に重みが変わってくる。

 感覚的には『お前を倒す』と『お前を殺す』くらい違う。

 さすがに雪辱を果たしに行くなんていう激重な感情を背負うには俺自身の覚悟が足りていない。


 いや待て。落ち着けデスヘルガロン。


 ルルヴィゴールの少しばかり行き過ぎた想像は何も今日に始まったことじゃない。

 元々水を一杯頼んだらその場で井戸を掘ろうとするような奴なのだ。


 悪意があるなら注意もできるが、ルルヴィゴールの言動はいつだって俺や魔族達のことを考えてくれたゆえのもの。

 多少間違っていようとも、どっしりと構えて受け止めてやるのが魔王というものだろう。


 しかし、ここにきて急激に重苦しい話になってきてしまった感は否めない。

 エリスと一緒に軽く一芝居打つという単純な話だったはずなのに、もはや完全に報復しに行くみたいな空気である。


 どうしよう……。

 今更やめるとも言い難いし……。


 げんなりしていると、何を勘違いしたのかルルヴィゴールは居住まいを正して恭しく頭を下げた。


「ご安心ください魔王様。主が立ち上がろうとしている時に、後ろで指をくわえて見ているような恥知らずな臣下は誰一人としておりません。我ら魔族一同命を賭して、人族との『決戦』に身を投じる覚悟です」


「うむ…………え、決戦?」


 驚きすぎて思わず素で聞き返してしまった。

 決戦って何だ。


「あー……それは、なんだ。複数名が我に同伴し、共に勇者と戦うと、そういうことか?」


「いえ、魔族の『全勢力』を持って人族の領地に攻め入るということです」


 それはもはや全面戦争を仕掛けると言っているのと変わらないのでは……?


 いやいや、そんなことよりもどうして『勇者と戦う』と言う話が『人族と決戦』になってるんだ。

 いくら想像力が豊かと言ってもさすがに飛躍しすぎだろう。


「ま、待て、どうしてそうなる」


「魔王様が我らのために命を懸けて戦ってくださる。となれば、我らも魔王様のために命を懸けて戦うのが道理です」


 いつの間にか命懸けることになっちゃってる……。

 もちろん魔族達のためなら命くらいいくらでも懸けるが、間違いなく今はその時ではない。

 勘違いで命懸けの戦いを挑むとかさすがにしょうもなさすぎる。


 いかん。頭が痛くなってきた。


 何にしても、魔族の大軍を率いて王国に向かったらそれはもう事実上の宣戦布告だ。

 そうなったらもう休戦条約もへったくれもない。それだけはなんとしても阻止しなくては――。


「ルルヴィゴールよ。お前達の我を想ってくれる気持ちは嬉しく思う」


「や、やだ、魔王様ったら……!私の魔王様を想う気持ちが嬉しいだなんてそんな……!」


「……続けてもいいか?」


「失礼いたしました。嬉しかったものでつい。どうぞ、続けてくださいませ」


 なんだかなぁ……。


「だが、人族の力は侮れない。奴等が本気で戦うとなれば、命を落とす者も出てくるだろう。それは我の望むところではない。休戦条約を結んだ理由の一つもそこにあるのだからな」


 人族と結んだ休戦条約は当然魔族側にも恩恵があるものだ。


 小競り合いに使っていた資源や時間を他に回せるようになったことで領地内は潤い、以前よりも活気に満ちている。

 それは魔族領地内に住む者ならば誰もが感じていることだろう。


 そう言う意味でも、休戦条約を破棄してもいいことは一つもない。


「お前達が戦いに出ると言うことは、こちらから条約を破棄するのと同義だ。そうなれば、勇者は再びお前達に躊躇いなく剣を向けるだろう。魔族の王として、お前達の命を危険にさらすわけにはいかない」


「や、やだ、魔王様ったら……!私を守るためだなんてそんな……!」


 この、俺の話を真面目に聞いているようでところどころ聞いていないのは何か意図があるんだろうか。

 冷静な判断のできるルルヴィゴールは常々頼りにしているのだが、たまに言葉が通じないのはちょっと気になる。


 しばらくくねくね照れ照れしていたルルヴィゴールだったが、はっと我に返ると恭しく頭を下げて言った。


「承知いたしました。魔王様がそこまで私のことを考えてくださっているのならお止めするわけにはまいりません」


「『魔族達のこと』な?」


「それはつまり私のことも……!」


「あぁいや、いい。もういい。一番大事なところをわかってくれたのならそれでいい」


「わ、私のことが一番大事……!?」


「違うわ」


「ち、違う……!?」


 めんどくさいなぁ……。


「とにかく、勇者討伐には我一人で行く。絶対についてくるんじゃないぞ。他の魔族達も同様だ。いいか、絶対だぞ」


 しつこいくらいかもしれないが、ここまで強く言っておけばルルヴィゴールも他の魔族達も付いてくるということはないだろう。

 なんだかんだ言ってもルルヴィゴールは仕事の出来る奴だ。

 大事なところは取りこぼさず皆に伝えてくれるに違いない。


「ご安心ください魔王様。この氷魔ルルヴィゴール、魔王様のお気持ちはそれはもうよく理解致しました。他の魔族達にも、一言一句、正確に、間違いなく、伝えておきますので」


「うむ」


 なんだかとても軽く聞こえるルルヴィゴールの言葉に若干の不安を抱きつつも、俺は玉座の間を後にしたのだった。

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