魔王と勇者と勇者らしさ⑥

「ガロンさんが理想とする人って、どんな方なんですか?」


 ニコニコしながら聞いてくるエリス。

 興が乗って来たのか、どこか楽しそうに見える。

 悪気がないのは間違いないが、その純真さが逆に俺を追い詰める。


 確かにそういった話題に興味が出てくる年頃なのはわかるし、勇者と言う役柄上、そのような浮ついた話が出来る相手も周りにいないのかもしれない。

 騎士団は男ばかりだと聞くしな。

 しかし、齢数万を超える魔王がするにはいささかハードルが高すぎる話題であることも事実だ。


「俺の理想なんか聞いても面白くないんじゃないか?」


「そんなことないですよ。ガロンさんみたいに格好いい方が好きになる人はどんな感じなのかなって、とても興味があります」


 やだ、いい子……!


「お、お前はおだてるのが上手いなまったく」


「おだてる……?」


 やだ、すっごくいい子……!


 よし、もうごちゃごちゃ考えるのはやめだ。

 こんないい子が教えてほしいと言うのだから素直にありのまま思っていることを伝えればそれでいいんだ。


「わかった。そこまで言うのなら教えよう」


「はい、お願いします」


「そうだな……背は高い方がいい。髪は肩にかかるくらいで、ストレートより巻いている方が好みだ。体型は特に気にしていないが、痩せすぎていても太りすぎていても良くないだろうな、健康的な意味で。あとは――」


 そこまで話して、いつのまにかエリスがだんまりになっているのに気づく。


 あぁ、やっちゃってんなぁこれ……。


 急に頭が冷えて死にそうになっていると、エリスが傍らに置いてあった細剣を突然すらりと引き抜いた。

 そして自らの髪の毛を後ろ手に束ねると、刃を根元の部分に躊躇いなく押し当てる。


「あの、エリスさん?一体何をしようとしているの?」


「いえ、ちょっと髪の毛が邪魔だなと思ったものですから、切ろうかと」


「なんで今?急すぎない?それにその髪の毛の持ち方的にちょっとどころじゃないよね?バッサリ行く気だよね?」


「魅力的な女性になるためなら仕方ありません」


「やめて?突然目の前で髪を切られる俺の気持ち考えて?」


「安心してください。掃除はわたしが責任をもってしますので」


「違う違う、そういう問題じゃないの。切らないでほしいの。あと髪が長くても魅力的な人は大勢いるから。似合ってる髪の長さは人それぞれだから」


 それを聞いてハッとした顔になると、エリスは申し訳なさそうにはにかんで言った。


「そ、そうですよね。すみません。気が動転して、早とちりしちゃいました」


 早とちりなんていうスピード感ではなかったが。

『即断即決即実行!』みたいな。

 あぁびっくりした……。


 これまでもそうだったが、エリスは人の言うことを信じすぎてしまうところがあるのでちょっと心配だ。

 真面目過ぎるせいもあるのだろうが、いつか悪い奴に騙されてしまうんじゃないかと不安でならない。


 ごほんと咳払いしてから、再度言い直す。


「エリスにはエリスの、他人には他人の良さがある。自分らしくいることが、何より魅力的に映るんじゃないか?」


「……確かにそのとおりですね。わたしは焦りすぎていたのかもしれません。ありがとうございます、ガロンさん」 


 まぁ気持ちはとてもよくわかるが。

 俺も子供の頃はまだ見ぬ『カッコヨサ』を求めていやこの話はやめておこう。


 というか、勇者らしさの話はどこにいったんだ。

 脱線しすぎてもはやどこを走っているのかまったくわからない。


 ひとまず話を元に戻そう。


「それはそうと、どうして勇者らしさを気にしているんだ?」


「それは、えっと……」


 言い難そうに目を逸らすエリス。


「なんでも相談してくれと言っただろう?」


 そう言うと、エリスは薄く微笑んで頷いた。


「はい。実は……」


 それからエリスは自分が騎士団内でなんと言われているかについて話してくれた。


 内容はさっき気にしていたとおりで、子供っぽいだとか、背が小さいだとか、鎧がおもちゃみたいだとか、そんな幼稚なことばかり。


 騎士団は基本的に貴族だけで構成されており、プライドが高い人族が多いと聞くので、ぱっと出てきてめざましい活躍を見せたエリスの存在が面白くないのだろう。


 エリスは見た目も年齢も幼いせいか、人族の中に勇者として認めない連中がいるのは知っている。

 騎士団だけでなく、国民も、果ては王国の要職に至るまで、そういう考えを持つ者がいるらしい。

 いくらエリスが強いとはいえ、魔王城に来るときに護衛の一人もつけないところからしても、王国がエリスをどのように扱っているのかは透けて見えるようだ。


 自然とため息が出ていた。


 それを別の意味だと勘違いしたらしく、エリスは焦ったように手をぶんぶんと振って言った。


「すみません。ガロンさんの気分を悪くするようなことを言うつもりはなかったんです」


「いや、そんなことは……」


「今の話は忘れてください。わたしは気にしていませんから。もっと別の、楽しい話をしましょう」


 そう言うと、元気になったのを示すように両手を握り込んで『むん』とガッツポーズをして見せた。

 だが、それが空元気に見えてしまうのはきっと気のせいではないだろう。


 エリスは人族のために戦っているのに、その仕打ちがこれではあまりにも報われない。

 本来ならもっと大切に扱われるべきだし、もっと褒められるべきだし、もっと称賛されるべきなのだ。

 誰よりも頑張っているエリスには、誰よりも笑顔でいてほしいと、そう思う。


 よし、と声に出して気合を入れると、エリスに向き直って言った。


「エリス。俺にいい考えがある」


「は、はい……?」


 状況が呑み込めていないエリスに、俺は自分の考え――作戦を語って聞かせるのだった。

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