魔王と勇者と勇者らしさ⑤
オムレツ騒動にもひと区切りつき、一息ついた頃。
「あの……実はガロンさんに相談したいことがあるんです」
真面目な顔でそう切り出してきたエリスの目は不安げに揺れていた。
エリスが魔王城に来たのは今日で通算八回目。
いつもはなんてことない世間話で時間を潰して帰ってもらうというのが通例となっており、何かを相談されると言うことは一度もなかった。
この真剣な表情からして余程のことがあったということだろう。
それこそ、魔王に相談を持ち掛けてしまうほどに。
なんにしても、エリスの頼みだ。
聞かないなんていう選択肢はない。
「なんだ?俺で良ければ何でも相談してくれ」
そう答えると、エリスは安心したようにぱっと笑顔の花を咲かせる。
「ありがとうございます。本当に、全然大したことじゃないんですけど。でも、こんなこと誰にも相談できなくて……」
「気にしなくていい。こう見えて俺は数百万の魔族を束ねる魔王だからな。相談されることには慣れているつもりだ」
人数がいる分、魔族達から上がって来る相談も数多い。
細かすぎるものは基本的に部下たちが処理してくれるが、橋が壊れたとか食料が足りないといった大きなものについては俺のところに直接相談しに来るよう話をしてある。
正直、部下達がうまく回してくれているところに俺が無理やり出張る形になっているので迷惑にしかなっていないような気もするが、あまり任せきりにしていると『あれ?もしかして魔王とかいう奴必要ないんじゃね?』ということになりかねないからな。
「それで、相談というのは?」
「はい。その……ガロンさんの率直な感想をいただければと思うんですけど……」
そう控えめな前置きしてから、エリスは躊躇いがちにそれを口にした。
「わたしってやっぱり……勇者らしくない、でしょうか」
「勇者らしくない?」
数多くの魔族と戦い、人族の領地を取り返し、魔王城までたどり着いたうえ幹部まで倒した。
その上長らく敵対してきた相手に休戦条約まで結ばせたというのだから、これ以上ないくらい勇者していると思うが……。
聞き返すと、エリスは俯いてもじもじしながら続ける。
「なんというか、その……童顔だし、背も小さいし、体もとても貧相といいますか、子供っぽいといいますか……」
そっちの話かぁ……。
正直苦手な領分だ。
何と答えても地雷を踏む気がしてならない。
しかし、相談しろと大見得を切った以上、真剣に考えて答えなければ……。
確かにエリスの外見はまだ幼い。
全身に鎧を纏っていたとしても、背の高さや雰囲気はどうしてもごまかせない。
先代も先々代もさらにそのずっと前からも、勇者になる者は基本的に男が多く、そして成人している者がほとんどだった。
エリスもそれを知っているからこそ、なおさら幼い自分と比較してしまうのだろう。
だが、例えそうだとしても、俺はエリスが勇者らしくないとは微塵も思わない。
「勇者であるかどうかは外見で決まるものではないんじゃないか?俺からしてみれば、エリスはこれまで見てきたどの勇者たちよりも立派に見えるが」
「そ、そう、でしょうか」
「そうだとも。宿敵である魔王が言うのだ。自信を持ってくれていい。むしろ持ってもらわなければ困る。何せ、我ら魔族はお前一人を相手に半壊にまで追い込まれてしまったのだからな」
最後の方は冗談めかして言ったが、これが俺の正直な感想だった。
それを聞いたエリスはどこか申し訳なさそうにしていたが、最後には「ありがとうございます」と言って微笑んでくれた。
よしよし、俺にしては中々良い回答ができたんじゃないだろうか。
触れないほうがよさそうなことには触れず、かといって全く見当違いというわけでもない、絶妙なラインを攻めることができた気がする。
クク、この相談力、魔王城の中に魔王なんでも相談室なんてものを作ってもいいレベルかもしれんな……!
と、そんなことを思ってニヤニヤしていると、エリスが言った。
「でも、やっぱりわたしみたいなちんちくりんよりも、背が高くてすらっとしている方が絶対格好いいと思うんです。ガロンさんもそう思いますよね?」
終わってなかった……!
そりゃそうか。
エリスが聞きたがっているのは心構え云々じゃなくて外見の話だしな。
しかしどうする。
思うか思わないかの二者択一になってしまったため、曖昧に誤魔化すこともできない。
思うと言えば今のエリスを否定することになるし、思わないと言えばそれはそれで別の問題が発生する気がする。
どっちを選んだとしてもエリスの好感度が下がってしまうのは間違いない。
いや、ちょっと待てデスヘルガロン。
ここはあえての逆張りで、俺が思う正直な意見を真っ直ぐに伝えるべきなんじゃないのか。
本人も率直な意見が欲しいと言っているわけだし、ここで変に取り繕うようなことを言えば逆に誠意がないと思われてしまうかもしれない。
そうだ。きっとそうに違いない。
いや、もはやそれ以外に考えられない。
「まぁ、あれだな。その……なんというか……うん、理想は人それぞれだから……」
無理だ……!言えるわけがない……!
十四歳の少女に自分の理想を語る魔王とかどう考えてもアウトだろう。
絵面もやばい。
しかし、逃げに入った俺をエリスは見逃がしてくれなかった。
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