魔王と勇者と勇者らしさ②
というのは表向きの話。
瞬きをした次の瞬間、さっきまでいた玉座の間とはまた別の、開けた部屋に景色が移る。
【魔王の間】と呼ばれるその部屋は、俺――魔王デスヘルガロンにしか入れない特別な場所だ。
玉座の間にいた時と同じように向かい合っていた俺と勇者エリスは、互いに視線を交錯させ――同時に大きく息を吐いた。
「あ、危なかったぁ……」
心底安心したようにそう言いながらエリスがその場に座り込む。
俺もエリスと同じように脱力すると、どしんと尻餅をついた。
「ああ。まさかルルヴィゴールが問答無用で即死魔法を撃ってくるなんてな……」
ルルヴィゴールは魔王軍の中でも随一の魔力の持ち主であり、氷魔法のエキスパートだ。
そんな彼女が操る魔法の中で最も強力な『絶対零度の吐息』は、人族なら当たれば即死するレベルのもの。それは当然勇者であるエリスも例外ではない。
だからこそ、俺はルルヴィゴールが魔法を使う前に咄嗟に防御魔法をエリスの周りに展開したのだ。
エリスに防御魔法を使っている間、完全に無防備だった俺は『絶対零度の吐息』がバチバチに体に当たって正直滅茶苦茶イタ寒かったのだが、そこは可愛い部下のご愛敬だろう。
すると、居住まいを正したエリスはどこかしょんぼりとした様子で頭を下げて言った。
「すみませんでした、ガロンさん」
「ど、どうしたんだ急に」
妙に畏まった様子のエリスにこちらも焦ってしまう。
ちなみに『ガロンさん』というのは俺の名前デスヘルガロンから取った愛称だ。
まぁ愛称と言ってもそう呼んでいるのはエリスだけなんだが。
「いえ、その……さっきガロンさんに嘘をつかせてしまったので」
「噓……あぁ、そういうことか」
エリスが言っている『噓をつかせた』というのは、俺がルルヴィゴールに言った『勇者は魔法を全て弾き返せる』という話のことだろう。
実際のところ、エリスは俺が使った『光の刃』のような単発の魔法なら剣技で弾き返せるのだが、ルルヴィゴールが使った『絶対零度の吐息』のような長時間にわたって広範囲を攻撃する魔法には対処できない。
それを事前に知っていたので、俺は防御魔法を使ってエリスを守ったのだ。
だが、俺がエリスを助けたなんてことがルルヴィゴールにばれてしまっては当然まずいので、即興で『勇者はどんな魔法でも弾き返せる』という嘘をでっちあげたのである。
信頼を寄せてくれている部下に嘘をつくのは心が痛まないわけではないが、かといってエリスを殺されるわけにもいかなかったので仕方ない。
ルルヴィゴールには後で好きなものを差し入れることで許してもらうとしよう。
「そんなことなら気にしなくていい。元はと言えば、あの場で俺が部下を制御できなかったのが悪いんだからな。こちらこそ、危ない目に遭わせて悪かった」
そもそもの話、ルルヴィゴールには前もってエリスには手を出さないよう指示を出していたのだ。
それを守らせることができなかったのは上に立つ者である俺の責任。
怒られこそすれ、謝られるのは筋が通らない。
俺が頭を下げると、エリスは焦ったように顔の前で両手をぶんぶんと振った。
「そ、そんな、謝らないでください。わたしは魔族の方々にとって敵なんですから、ルルヴィゴールさんの対応は当たり前です。そもそもわたしが最初に気に障るようなことを言わなければ、ルルヴィゴールさんだってあんなに怒らなかったはずですから。悪いのは全面的にわたしです。だから……」
そう早口に捲し立てたあと、エリスは肩を落としてしゅんと項垂れてしまう。
見ているこっちが申し訳なくなるほどの落ち込みようだった。
エリスの名誉のために説明しておくと、エリスは自ら進んで俺を挑発するようなことを言ったわけではない。
人前ではお互い敵対するような言動をするよう事前に打ち合わせているのだ。
エリスは本当に真面目だ。
自分の事ならまだしも、他人のことでこんなにも真剣に悩んでしまうんだから。
本当に、勇者の名に恥じない、心根の真っ直ぐな優しい少女である。
だからこそ、そんな優しい少女が勇者として最前線で戦わなければならない今の状況が不憫でならないのだが――。
俺はエリスに近づくと、その小さな肩に優しく手を置いた。
「それを言い始めたら、お互いに延々と謝罪し合わなきゃいけなくなる。でも、そんな関係になるために、俺とお前は友達になったわけじゃない。そうだろう?」
「……はい。そうでしたね」
そう言って頷くと、エリスは兜を脱いだ。
まとまっていた髪が腰のあたりまでストンと落ちて、眩い金髪が視界を埋める。
その明るい髪色のおかげか、部屋が一気に華やかになったように感じられた。
それからエリスは見ているこちらが笑顔になってしまうような、満面の笑みを浮かべながら言った。
「先ほどは助けていただいてありがとうございました。ガロンさん」
「ああ、どういたしまして」
魔族である俺と人族であるエリスは敵同士。
だが、実際はこうしてお互いに笑顔を見せられるような友人同士でもあった。
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