魔王と勇者と魔王軍幹部共
@sazamiso
魔王と勇者と勇者らしさ
魔王と勇者と勇者らしさ①
魔王城の一室、玉座の間。
部屋の最奥にある豪奢な椅子に、退屈そうに頬杖を突きながら腰掛けている男が一人。
名を魔王デスヘルガロン。
魔法の極致に至り、何百万と言う魔族の軍勢を従える絶対的な王だ。
これまでに倒してきた敵は数知れず。
魔族に真っ向から対立している人族をはじめ、獣族、妖精族、竜族、果ては神々に至るまで、彼の名前を知らぬ者はいないと言われるほど恐れられた存在だった。
そんな危険な存在である魔王を野放しにしておくことは出来ないと、神々は自らの子供である人族の一人に特別な力を与え、打ち果たすよう使命を与える。
それが――。
「魔王様。勇者エリスが到着致しました」
涼やかな白色の着物を纏った女――魔王軍幹部の一人、氷魔ルルヴィゴールが魔王の前に突如として現れ、淑やか声でそう告げる。
「どういたしますか?」
「連れてこい」
魔王が端的に告げると、ルルヴィゴールは恭しく頭を下げてから大広間を出ていった。
しばしの静寂が部屋を包む。
それから少しもしないうちに玉座の間の大扉が開かれ、一人の人族が姿を現した。
小柄な体躯はあっても精々百四十センチ程度。
顔をすっぽりと隠している兜に鎧、腰に据えられた細剣のおかげでかろうじて騎士であることがわかるが、その小ささのせいか、子供が玩具の鎧を着て騎士の真似事をしているようにしか見えない。
体躯に合わせて作られているであろうそれほど長くない細剣も、それを助長する要因のひとつになっている。
だが、それも仕方のないことだろう。
神に選ばれし勇者は、齢十四の少女だったのだから。
しかし、そんな到底勇者とは思えない少女を前にしても魔王デスヘルガロンに一切の油断はない。
油断どころか、いつでも魔法が放てるよう体内にある魔力を活性化させていた。
見た目で判断してはいけない。
そんな当たり前のことを、魔王はまさにこの小さな勇者から教わったのだ。
勇者は部屋の中心で歩みを止めると、魔王を真っ直ぐに見つめて言った。
「魔王デスヘルガロン。今日こそあなたを打ち倒し、世界に平和を取り戻します」
凛とした声に幼さは感じられない。
一切迷いのない言葉には、必ず成し遂げると言う固い決意が垣間見えた。
それを聞いた魔王は薄ら笑いを浮かべる。
「我を倒す、か。クク……その言葉、聞くのはこれで何度目になるだろうな」
明らかな挑発と、そして侮蔑が込められた言葉だった。
しかし、明らかに皮肉とわかる魔王の言葉を聞いても勇者は一切動じない。
むしろ、その挑発に乗るように、嬉々としながら答える。
「七回、ですよ。あなたがわたしを退けた回数――そして、わたしをあなたが倒しきれなかった回数でもある」
そう言った瞬間、勇者の背後から突如として凍てつくような吹雪が襲いかかり、玉座の間を一瞬にして雪の世界へと変えた。
物陰から姿を現したルルヴィゴールは、無表情ながらも明らかな殺意をその瞳に宿し、勇者に近づいていく。
「魔王様に対する無礼な態度。許されることではありません。その罪、万死に値します」
そう言い放ち、追加で勇者に向かって魔法を放とうとするが――。
「待て、ルルヴィゴール」
魔王の言葉にぴたりと動きを止めるルルヴィゴール。
同時に玉座の間を覆っていた吹雪が収まり、徐々に視界が開けていく。
だが、勇者は雪の結晶一つ体に付けることなくそこに悠然と立っていた。
その姿を見たルルヴィゴールは、信じられないものを見たと言う風に目を見開くと、すぐさま魔王に視線を投げる。
「どういうおつもりですか、魔王様」
ルルヴィゴールが驚くのも無理はない。
勇者はあらゆる魔力を完全に無効化する防御魔法によって守られており――それを放ったのが他ならぬ魔王だったからだ。
魔王が勇者を守るなどあってはならない。
明確な裏切り行為であるにも関わらず、魔王に動じた様子は一切なかった。
「そう言えば、お前は直接見たことがなかったのだったな」
ルルヴィゴールの質問に答えることなく端的にそう告げた魔王は、右手を勇者に向け、手のひらに魔力を込める。
瞬間、光で形成された刃が勇者へ向かって高速で射出され、腕を切り落とす――はずだった。
鉄と鉄とがこすれるような耳障りな音が聞こえたかと思うと、魔王の顔の脇を何かが霞めて飛んでいき、背後の壁に激突すると土煙を上げる。
煙が晴れると、そこには今しがた魔王が勇者に向けて放ったはずの光刃が深々と突き刺さっていた。
その結果がわかっていたとでも言うかのように、ただ魔王は『にぃ』と口角を上げる。
魔王の視線の先、無防備に直立していたはずの勇者はいつの間にか細剣を抜き放っていた。
視認できないほどの速さで剣を振り抜き、魔法を弾き返したのだ。
呆然としていたルルヴィゴールだったが、すぐにはっとした顔をすると、口元に両手を当てて魔王を見た。
「ま、まさか、魔王様……!」
「そうだ。勇者はどんな魔法であろうとも、その卓越した剣技で弾き返すことができる。当然、お前の使った『絶対零度の吐息』も例外ではない」
魔王軍幹部の中でも随一の魔力を持つルルヴィゴールの『絶対零度の吐息』はどんな生物をも一瞬で凍らせる。
それがそのまま返されたとなれば、放った本人も無傷ではすまなかっただろう。
「では、魔王様は勇者を守るためではなく、私を守るために……?」
瞳を潤ませるルルヴィゴールに、魔王は頷いて答える。
「お前は大切な魔王軍幹部の一人。こんなところで無為に傷つけるわけにはいかないからな」
「や、やだ、魔王様ったら……!」
照れ照れと身をよじるルルヴィゴールを横目に、魔王は再び勇者と向き合う。
「部下の非礼を詫びよう」
「気にしていません」
「そうか。では、余興はこれくらいにしてそろそろ始めるとしよう。我と貴様の――いや、魔族と人族との生き残りをかけた殺し合いを」
「はい」
魔王が指をぱちんと弾いた瞬間、魔王と勇者の姿が玉座の間から掻き消える。
誰の邪魔も入らない場所へと移動したのだ。
「あぁ、魔王様……!魔王様に『大切』だなんて言われてしまったら私……!私はっ……!」
ルルヴィゴールの悩まし気な声が玉座の間に響く中、魔王と勇者、八回目の戦いが幕を開けた――。
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