第26話

 まもなく、姉が呼んだのだろう、栄太が家に来た。

 彼は姉の部屋でひそひそして慰めてやっていた。

 聖は壁に耳を当てて聞いていた。


 やがて始まった睦言。


 聖は泣きながら自分のペニスを握りしめた。強く強く握りしめて、痛いくらいだった。


「本当に嫌いだわ」

 姉の言うのが聞こえた。

「あんな弟しらないわ。可愛くないし、気持ち悪いの。本当に死んでほしいの」

「駄目だよ、そんなこと言っちゃ。家族だろ」

「あんな弟は家族と認めてないの。昔からよ。昔から、家族と思ったことなかったのだからね」

「酷いなァ」

「酷いのはあいつの顔よ。虫唾が走る」

「ははは」


 心に冷たい針が刺していった。聖は唾を飲み込み、喉に引き攣る痛みを感じた。その痛みは、下に下っていき、胃の辺りでひりひりしていた。


「僕って、お姉ちゃんに嫌われているんだな」


 そんなことを考え、少し傷ついた。彼は一人で笑ってみた。その笑い声は空虚に響いた。

 聖は何だか、姉に腹が立ってきた。好きなのに、苛ついた。憎しみが、剥がれた心の壁から染み出ている。自分は姉のなんなのだ。


 その夜、両親は聖に嫌によそよそしかった。まるで、何かしでかすと思っているみたいに険しかった。


 聖は、自分が家族ののけ者にされていると感じた。

 そのひりひりとした空気に居た堪れなくなって、夕食もそこそこに、聖は自分の部屋に籠った。

 一人になると、涙がこぼれた。


 聖が部屋に入った音を聞いて、姉が夕食に行くため部屋から出てくる音がした。


 聖はそっと扉を開け、姉の後ろ姿を見た。

 ルームウェアの短パンから伸びる恵理香の白い足は細くて、折れてしまいそうだ。抱きしめたかった。あの足にしがみついて、力を入れて折ってしまいたい。

 そんな獣じみた考えが浮かび、一人、興奮した。

 すると、聖は自分に腹が立った。


「そんなだから、僕は嫌われるんだ」


 自分を戒めようと、手首に噛みついてみる。赤く充血した歯型が残る。いっそ、自分を殺して、二度と息できなくしようか。

 聖は薄気味悪く笑って、床に倒れた。

 すると、床から声がする。一階の声が聞こえるのだ。耳を押し当てて聞く。


「ママ、あたし、アイツが怖いの。今に手を出されるんじゃないかって、あたしを傷つけたのもアイツみたいな醜い男だった。女の感よ。アイツ、しでかすわ」

「そんなこと言ってもね。難しいわね」

「寮に入れるとかできないの?」

「そうね。考えてみようね」


 聖は自分の胸がバクバクいうのを聞いた。

 何てことだ。僕を追い出そうとしている!

 強い屈辱感が聖の心を射抜いた。もはや聖は、自分が恥ずかしくて居た堪れない。


「あんなことしなきゃよかった。でも僕はせずにはいられなかったんだ。何かに取りつかれたように、僕はせずにはいられなかった」


 両親にも自分を軽蔑されたのも痛かった。


「どうして僕は、どうして僕は……」


 聖はしっかりとと反省し、もうしないと心に決めた。


「お姉ちゃん、僕、しっかり反省して、もう二度と困らせることはしないから。誓って嫌なことはしないよ。だから、許してちょうだいよ」


 そんなことを聖が心に決めても、心を読めない恵理香にとっては、聖は気持ち悪い悪魔なままでイライラするほど憎らしいのだった。


 聖はお祈りするように手を組んで、食事を終えた姉が二階に来るのを待った。

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