第23話

 中学に通うようになった聖は、悪い友達の手引きで、よその女というものに興味を持ち始めた。

 ある日、聖は、クラスの一番可愛い子に告白し振られた。


「向こう見ず。身の丈をわきまえろ」

 悪い友達は言った。彼は聖を傷つけることを一日一回は言わなくては気がすまないようだった。

 言われているばかりで、聖はぐっと我慢し、心の中で泣いていた。


「僕は恋人なんていらないんだ。どうせ僕を好きになる子なんていないさ。僕には美人のお姉ちゃんがいるんだ。それで満足さ」

「おいおい、お前、その美人の姉さんを犯すつもりか。いいね、いいね。その提案は最高にいかすぜ」


 校舎の階段に座り込んで、聖は悪い友達と話した。


「そんなことないさ。僕はお姉ちゃんを幸せにしたいんだ。悲しませたくない」

 聖は歯を食いしばり、俯いて、暗い顔をした。

 彼は姉の幸せを祈っているのに、姉自体は、聖を苦しめることばかりすることを考えた。自分を拒絶する姉の姿を聖は悲しく思いだす。


「おい、どうしたんだ。聖ちゃん」

 聖の落ち込んでいる姿を見ると、悪い友達は愉快になって、その傷口を広げたくなり、追及した。


 聖は、心の不安をどうとらえていいのか、わからなかった。ただ、ただ、苦痛で、打ち明けることで、慰められたかった。


「不細工は嫌いなんだよ。僕のお姉ちゃん。昔、お姉ちゃんをいじめた男があまりいい男ではなかったからさ」

「浅はかだな。女ってやつは。顔でしか人を判断できないのか。でもな、聖。お前は確かに酷い顔をしているよ。まったく美しさとは程遠いよ。何。気にすることないさ。俺に言われたくらいで傷つくな。みんな思っているんだ。今更さ。それで、お前、姉ちゃんに冷たくされているんだろう? 腹が立たないのか?」

「そりゃ、少しは……。でも、好きだから我慢できる」

「でも、姉ちゃんは、お前が嫌いなんだろう? 下手したら、お前が死んでくれることを毎日願っているかもしれないわけだ」

「そんなことないさ。家族なのに」

「いんや。女ってのは薄情だからな。敵とみなした奴には、猫みたいに容赦なく爪を立てるんだ」

「僕は、自分が悪い気がして、お姉ちゃんの嫌悪感をなくしてやれないのも、僕がやっぱり汚いところがあって、駄目なんだ。少し汚いところが大きく感じられるんだ。ストレスを感じている女の人はそうなんだ。僕、謝ればいいかな? 毎日謝ればいいのかな」

「謝りたきゃ謝れば? いちいちそんなこと聞くのは、お前はどこかで、謝ることが不当で謝りたくないと思っているんだ。ムカついているのに、そのことを必死に隠して、抑え込んでいると、お前だって苦しいだろう。そうだ、お前に俺のお守りやるよ」


 悪い友達は、ポケットから無造作に取り出した、星形の何かの木の実を見せた。それを聖の胸に押し付けた。


「これ貰ってもいいの? お守りでしょ」

「また取ればいいんだ。それよか、こいつ知っているか? シキミの実だよ。毒がある。こいつを嫌な奴に食わせるんだ。すりつぶして、クッキーにしてな。すると、そいつはもうバイバイさ」


 聖は何か怖い気がした。毒があると言われると、実に触れているだけで自分の中に毒が回る気がして、怖かった。

 彼はティッシュを出して、チリ紙でシキミの実を包むと、ポケットにしまった。

 すてりゃあいい、そんなもの。

 しかし、彼はなんだかそれが捨てられなかった。自分の身を守ってくれる、護身用のナイフのような重みを感じる。そして、聖は考える。どこかで、彼は割に合わないことへの憎しみを抱いていた。自分を追い払おうとする姉に、やめろと怒鳴ってみたい。それでも、聖を遠くへどかそうとする姉の心を突き飛ばしたい。絶望に陥れたい誘惑。死の誘惑。


 自分がこいつを飲むんだ……。


 聖は胸に冷たいナイフを滑らしたような、つきりと、淡い痛みを感じた。


 死ぬんだ……僕が死んだら、お姉ちゃんはきっと泣いてくれるだろう。

 その絶望的な寂しさが、聖を温かく抱擁した。

 すると、どうだろう。聖には勇気がわいてきた。少し楽しいくらいに。彼は姉が大好きだったので、ちょっと痛いくらい傷ついても、我慢すべきだと思った。


 彼は、家で、トイレに行くとか、食べ物をとるとかで、部屋から出てくる姉を見つけると、その顔を見て笑いかける。姉は強張った顔で無視する。

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