第22話
いつしか、高校生になり、保健室登校をしていた恵理香は、やがて親衛隊に守られるように、普通に登校できるようになった。
その親衛隊のリーダーの男は、美男子で、心の優しい人だった。彼は恵理香の嫌うものを嫌い、好きなものを好きになった。恵理香が不細工を見て、嫌な顔をすると、身を盾にして、不細工ではなく、自分を視界に入れるように気遣い、優しい言葉をかけた。
彼の名は大木栄太。栄太は、じきに、恵理香のボーイフレンドになり、度々家に遊びに来た。彼が来ると、部屋の中で笑いあう二人の声が家中に響いた。彼が帰った後、恵理香はご機嫌だが、聖の姿を傍に見つけると、一気に気分が滅入るらしく、眉間にしわを寄せ、聖と目を合わそうとせず、存在を無視した。
月日が経って物事が解決するどころか、なかなかにこじれた関係ができあがっていた。
聖はあらゆる手を尽くして、恵理香の機嫌をとろうとした。だが、恵理香はゴミを見るように冷酷な目で、聖を見るばかりである。
「気持ち悪い」
口少ない、恵理香が漏らす唯一の言葉はこれである。
聖の胸はずたずたに傷つき、姉を笑わせることのできない自分という存在が酷く憎く思えた。
ある日も栄太が来ていた。姉と栄太は二人で部屋に閉じこもっていた。聖は気になって隣の部屋の壁に耳を当てた。ぼそぼそという小さい声と、押し殺した笑いが聞こえる。聖はなんだか不安な気持ちになった。
姉が栄太と二人きりで楽しくしているのが許せないような、羨ましくて、憎いという気持ちが聖を暗い嫉妬の海に沈めた。
見えないところで、栄太は恵理香に何をするだろう。
自ら進んで、恵理香が自分の腕の肉を栄太に差し出し、食われている画が浮かぶ。
二人だけで楽しいことをしていて、聖一人だけ楽しくないのは嫌である。
聖は我慢できず、姉の部屋に入ってしまった。
そこには、身を寄せ合い、聖の侵入と共に、咄嗟に体を離した二人の恋人がいた。
恵理香は、顔を真っ赤にして、めくれたスカートをなおし、ベットのふちに座っている。栄太はその前に座っていた。
「勝手に入ってこないで! もう本当嫌い!」
恵理香はそうヒステリックに叫ぶと、聖に枕を投げつけた。それは聖の顔に当たった。
「出て行って! 早く!」
聖はこれ以上姉を怒らせて、姉が壊れるのが嫌なので、ひとまず退散した。
しかしながら、聖は姉のスカートのめくれから見える白い太ももを思い出し、そこにあの男が触れたと思って激しく腹が立った。
「あの野郎!」
あいつを殺そう。そして死のう。そうしたら姉が聖を可哀そうに思って泣いてくれるかもしれない。
聖は鋏を取ってきて、栄太が帰るために部屋から出てくるのを待った。
彼は出てきた。途端に聖は後ろめたくなり、鋏を身体の後ろに隠した。
「じゃあね、弟」
栄太は調子よくこんなことを言って、白い歯を見せて、にかっと笑うと、姉に送られて帰っていった。
彼は良い人だ。そんな人を殺すのは間違いだ。
聖は自分と姉が上手くいかないのは栄太のせいではないと思った。それは、姉の心掛けが悪いせいに感じた。そう思えば、なんだか溜まらない気がした。
「聖ちゃん、私、良いお姉ちゃんになるからね」
ある朝、歯磨きをしている聖に、恵理香は声をかけた。聖は姉の意図を図ろうと、その美しい顔をじっと覗き込んだ。すると、恵理香の初めの笑顔は引き攣り、ずいぶんと怖い顔に変容した。恵理香は自分でもそのうまくない表情がわかったのか、ぷいとそっぽを向いて、逃げるように立ち去った。
頑張っているといえば、恵理香なりに必死になって良くなろうとしていたに違いない。
しかし、夕食の席で、恵理香は限界だとばかりに顔を赤くし、涙をこらえていた。彼女は、見た目の憎たらしい聖が澄まして自分の前の席に座っているのが耐えられないのだ。怖かったあの日を、彼女は弟を通して嫌でも思い出す。すると、物凄く腹が立ってきて、叫び出したいような気がした。
恵理香は白いご飯を口に運びながら、目だけ涙を流し、泣いていた。
聖はそれに気づいて、気まずくなった。
「お姉ちゃん。僕のシュウマイ食べていいよ」
そういって、媚びると、恵理香は聖を見ないようにしながら、母に助けを求めて、今にも泣き叫ばんがばかりに顔をぐちゃりと歪め、いたいけな視線を送った。
「無理しなくてもいいのよ。家族そろって食べられるのは嬉しいけれど、恵理香が嫌なら時間をかけましょう。恵理香だけ時間をずらして後で食べてもいいの」由美子は言った。
しかし、恵理香は不満げに頬を膨らませ、
「聖ちゃんだけ後で食べたら」と言った。
「いやね、恵理香ったら。あなた聖をのけ者にして。聖が何かしたの?」
「……いやなのぉ」
恵理香は怒って、乱暴に箸をおくと、ぱっと立って、自分の部屋に籠ってしまった。
親の憐れむような視線の中、聖は惨めだった。
そして、姉を非難したくて、
「お姉ちゃんのとこに、こないだきた男の人、お姉ちゃんのスカートの中に手を入れたんだよ」
「誰が?」
「あの背の高いいつも来る人さ」
「ああ栄太さんね」
「そんなことをしたのか」呆れたように父は言う。
「もう高校生だし、当然そうなることもあるわ」
両親の柔らかい反応に聖はむっとした。怒ってあの男を追い出してしまえれば、姉に良い復讐になると思ったが、上手くいかないものだ。
聖はやはり嫌な気持ちである。姉が憎かった。しかし、弱弱しい姉が、今にも壊れそうな心を抱えた姉が、情欲をそそるのだった。
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