第21話
朝起きると、日曜日だった。
聖はベットから降りて、廊下に出て、姉の部屋の前に立った。そして、ノックした。姉の返事が来るのを期待したのである。
中から返事はなかった。昨日は嫌な姉だったが、今日は優しくなっていることを期待して、聖は姉の部屋の戸を開けた。
姉は起きていた。ベットのふちに座り、物凄い恐ろしい顔で聖を見据えると、毒づき、そして、両手で顔を覆い、泣き出した。声をしぼるような、か弱く悲しい泣き方であった。
「あっちへ行って! 来ないで! あんた嫌い! なんで入ってくるのよ!」
「どうしてだよ!」
優しい姉がいると思って、今朝は期待したのに、そこには昨日と同じ、傷ついた猫がいた。がくんと肩が下がるように失望した。
「僕は本当にお姉ちゃんが大好きなのに、お姉ちゃんとお話したいのに、お姉ちゃんは僕を少しも愛さないの?」
「アンタの顔を見ていると辛いの」
恵理香は震え声で言った。
「出て行って。勝手に入ってこないで。気持ちが悪いの。気持ちが悪いの」
姉は泣きながら睨みつけた。その鋭い視線の先に、悲し気に立ちすくむ聖がいた。
彼はほとばしる愛が、姉を包み込みたくてうずうずしているのを感じる。姉に拒絶されるほど背筋に痺れが走って、胸がかっと熱くなった。聖は悲しいのに嬉しかった。
あんなに強かった恵理香が弟に泣かされるほど弱いと言うのがいじらしい。
聖は、姉の傍まで行って、その体にでも少し触れてみたいような気がしたが、怯える姉を見ていると、可哀そうになって、引き下がることにした。
やがて、月日がたち、恵理香は家族での食事の席に姿を見せるようになって、男である父を怯えるような様子はなかった。しかし、恵理香は食事の席で、聖を冷たい目で見据えることが度々あった。聖は気にしないようにしていたが、ついに恵理香はたまらなくなったようで、自分から打ち明けた。
「あたし、聖ちゃんを見ていると、思い出すの。凄く辛いわ! パパは大丈夫なのに、顔の整っていない男が駄目なの。あたしって嫌な女ね! 聖ちゃんは悪くないのに、不細工は受け付けないの。だって、あの男たちも不細工だったでしょ」
そういうと、恵理香は自分が酷いこと言ったとわかり、それを恥じて目を伏せて、きゅっと唇をつぐんだ。
「お姉ちゃん、僕を嫌いになればいいよ。でも僕は好きだ」
「やめてよ、なんだか嫌だわ。虫唾が走るのよ。いっそあたしを嫌いになって! あたし、自分が嫌いだわ。恐ろしい女ですものね。こんなんで生きていて良いのかしら?」
恵理香は上を向いて素早く瞬きし、涙を片手の指で拭った。
「どうしたらいいの? いけないと思うのに、あたし、聖ちゃんにイライラするの。ぞっとして息が詰まるわ。こんな嫌な気持ち持ちたくないのに、身体の奥からこみ上げてくるものに抗えないの。聖ちゃん、お姉ちゃんを殴って! こんないけないあたしを!」
聖は苦々しい顔をして姉を見つめた。
父と母は、
「ショックが大きかったから苦しみを乗り越えられないのよ。治ってないのよ。心が。時期に良くなるわ」と言った。
この時はまだよかったのだ。やがて聖の苦しみは始まった。
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